杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

消臭剤と吟醸香

2013-03-01 12:18:02 | ニュービジネス協議会

 このところ、(社)静岡県ニュービジネス協議会の取材が立て続けに入っています。今週2月27日には、起業家支援セミナーがあり、“真無臭”でおなじみの消臭剤メーカー㈱ハル・インダストリの松浦令一社長に、起業や会社経営の苦労話をうかがいました。

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 「消臭」という言葉は、大手メーカーがコマーシャルでバンバン謳っているように、今では当たり前の言葉ですが、もともとは、松浦社長が30年前に作ったもの。清水港周辺の缶詰メーカーから相談を受け、魚の処理につきものの生臭さを解決するため、試行錯誤の末、臭いを別の香りでマスキングするのではなく、臭いそのものを完全に消し去る画期的な液剤を開発したのです。

 

 

 最初に依頼のあったメーカーには液剤だけを納入したところ、そのメーカーが噴霧器を造ってくれて、「すばらしい液剤だから機械とセットで売ったらどうだ」と背中を押してくれたそうです。2軒目のクライアントにはセットで、しかも、元手をはるかにペイできる価格で売れたとか。取材に来た新聞記者に「これは脱臭剤ですか?芳香剤ですか?」と聞かれ、何かに吸着させるわけではないから脱臭剤ではないし、香りはないので芳香剤でもない・・・。思案していたところ、「臭いを消すというなら、“消臭”と書いて“しょうしゅう”と読ませちゃいましょうか」との何気ない一言で生まれた言葉でした。“しょうしゅう”と聞けば、当時は「招集」だと思われていたんですね。で、以降の営業では、「消臭」という言葉の説明をはじめるところからスタートしたそうです。

 

 

 そんなとき、大手メーカーがコマーシャルで「さわやかな花の香りの消臭剤」と謳い始めた。「香りがするのに消臭剤!?」と訝しんだ松浦さんですが、特許や商標について相談した弁理士からは、「商標は今更とっても遅い。技術は特許を取って公開するより、製法秘密を貫いたほうがよい」とアドバイス。結果的に30年経て正解だったようです。

 

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 現在、大手が「消臭」と謳う製品のほとんどは、微妙に香料が含まれており、松浦さんが開発した完全消臭技術は誰にもマネできない、オンリーワン技術。しかも、未だに化学的に解明されていないというから面白い。

 松浦さんは、「自分でもなぜ臭いが消えるのか、完全に合理的な説明が出来ない。あたりをつけてやってみて、運よくマテリアルができた」とサラッと笑って言いのけます。でもオンリーワン技術を持っているってスゴイ!

 

 

 

 これまでは、生もの処理工場やパチンコ店等をクライアントにした業務用製品を柱にしていましたが、静岡県ニュービジネス大賞を受賞した時、表彰式でジャンボエンチョーの遠藤社長から「一般家庭向けに作っては?」と助言を受け、「今さら大手メーカーと張り合っても売れないだろう」と、望み半分で一般住宅用・自動車用の消臭ビーズ剤を開発しました。

 

 

 案の定、当初はまったく売れなかったものの、エンチョー三島店の店長が自分の車用に使って「これはスゴイ」と実感し、店独自に売り場コーナーを設けたところ、三島店だけバカ売れし始め、やがてエンチョー全店に広がっていきました。「自分から売り込みに行っていたら、いつまでたっても独自のコーナーなんて作ってもらえなかったでしょうね」と松浦さん。現在は高田薬局はじめ約250店舗で山積みコーナーがある大ヒット商品になっています。詰め替え用のほうが売れているそうですから、リピーターがしっかり付いているってことでしょう。私も、エンチョーさんで置かれ始めた頃に、松浦さんからサンプルとしていくつかもらって、ずーっと使い続けています。

 

 独り住まいで外出の多い私は、家で洗濯物をほとんど室内干ししてますが、コマーシャルで言っているような「生乾きの臭い」を気にしたことが一度もないのは、10年以上、ハルさんの真無臭を使い続けている効果じゃないかな、と思っています。数えたら、狭い家なのに8個も置いてあった。ゴキブリホイホイ並です(笑)。

 

 

 

 私にとって、家に籠もって原稿を書いているときの唯一の楽しみといったら、お茶やコーヒーの香りでリフレッシュすること。最近では、独特の香りをウリにするお茶が増えてきて、家でもいろんな種類のお茶をそろえ、気分によって飲み分けたりしています。コーヒーも専門店2~3ヵ所から違うタイプの豆を買い置きし、朝と夜、飲み分けているので、室内をつねに「消臭状態」にしておかないと、香りの違いがわからなくなるんですね。もちろん、家呑みで吟醸酒を愉しむためにも、日ごろの「消臭」は必須です。

 

 松浦さん曰く、「ヒトを含め、動物は、慢性的に嗅ぐニオイに安心し、違うニオイには危険性を察知する。ただしヒトは違和感のあるニオイでも5分経つと慣れてしまう」そうなんですね。

 

 

 松浦さんの話をうかがった前日の26日、所用があって『喜久醉』の青島酒造を訪問し、純米大吟醸の上槽(搾り)作業を見学しました。真剣な表情で鑑評会出品用の斗瓶取り(といっても斗瓶は使わず、透明の一升瓶に取るのですが)を行う杜氏の青島さん、蔵人の原田さんの雄姿を運よくカメラに収めることができました。

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 搾りたてを一口、試飲させてもらったとき、ものすごく懐かしくて、癒され気分になりました。上立ち香はさほど強くなく、口中に含むと、水溜りに水滴が落ちて円を描くように、清らかな香りがまるくじんわり広がっていく。・・・香りのタイプも強さも広がり方も、自分の素肌感覚にちょうどフィットする感じでした。

 

 

 「懐かしい」と感じたのは、25年前、自分が酒の取材を始めた頃の、静岡酵母全盛期のことを想起させてくれたからなんだと思います。当時の静岡吟醸は香りを全面にウリにしていて、その印象が強かったから今でも記憶に残っているのですが、この日の喜久醉は、静岡酵母の香りと味のバランスが絶妙で、香りの立ち具合と引き具合が適度に抑制されていました。・・・酒造りの世界に入って17年、青島さんはここまで静岡酵母を自己コントロールできるようになったんだ、「守・破・離」の「守」は完全に超えたなあと心底嬉しくなりました(・・・スミマセン、上から目線の物言いですねw)。

 

 

 それにしても、自分の素肌感覚に最もフィットするのが、ハーブやアロマではなく、この、静岡酵母の吟醸香なんだということにビックリ。日ごろ、いろんな新しい香りを選んで愉しんでいたつもりでも、この香りに一番ホッとできるなんて・・・。翌日、松浦さんの話を聞いた後は、自分がどれだけ静岡酵母の香りに“飼いならされていた”のか、我ながら呆れてしまいましたが(苦笑)、杜氏さんたちが専門的に使う「カプロン酸エチル」とか「酢酸イソアミル」といった吟醸香成分を云々いう以前に、静岡酵母の香りに“ホッとする”・・・この、身体に染み付いた動物的な反応を大切にしなくちゃなぁと思いました。

 

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 酒蔵の人々は、とくに、香りやニオイに敏感です。自然発酵から生み出される香りをしっかり見極めるためにも、よけいな香りやニオイはご法度。まぁ、彼らは香りのプロでもあるわけで、当然といえば当然ですが、我々も酒蔵訪問するときは、身だしなみに本当に気をつけねばなりません。車の中にも松浦さんの消臭剤が必須だな、と実感しました。

 

 ちなみにものすごい偶然ですが、松浦さんは、『正雪』の蔵元・望月正隆さんのいとこで、若かりしころは、正雪の仕込み蔵でバイトしていたこともあったんですって。ヒトの縁って面白いですねえ・・・。

 

 最後にコマーシャル。本日UPの日刊いーしずコラム【杯は眠らない】第4回では、『喜久醉』の青島さん、『喜久醉松下米』の松下さんと出会った頃のエピソードを紹介しています。彼らの“成長ぶり”が垣間見られる写真も載っていますので、ぜひご覧ください。