杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

瓢箪と道化師

2014-08-08 11:13:58 | 本と雑誌

 先月の記事で紹介した【富士と白隠】講演会の講師芳澤勝弘先生から、思いがけずコメントをいただき、お礼に地酒「白隠正宗」をお贈りしたところ、お返しに先生より著書をいただく幸運に恵まれました。自分の知の糧になってくれる静岡酒の蔵元さんに感謝の気持ちで一杯です。

 

 芳澤先生からサイン入りでいただいたのは

【瓢鮎図の謎~国宝再読ひょうたんなまずをめぐって】

 

【THE RELIGIOUS ART OF Zen Master Hakuin 】

の2冊。

 

 

 Img112 後者は英語本だったので後回し(苦笑)にして、前者は日本の水墨画の源流といわれる京都妙心寺退蔵院の国宝『瓢鮎図(ひょうねんず)』が表現した禅の世界観について書かれたもの。この世界観を継承した白隠禅師の瓢箪画にも触れています。

 Photo 白隠さんの瓢箪画、地酒ファン&歴史ファンにとっては、白隠正宗純米大吟醸のこのラベルでお馴染みですね。(写真は以前撮った大吟醸のものですが、現在は純米大吟醸に使用しています)。

 これは白隠さんが朝鮮通信使の曲馬団を描いた、“瓢箪から駒”そのものズバリ、なんですが、芳澤先生は「瓢箪を手にしているのは布袋和尚。布袋が瓢箪から馬を吹き出しているところがミソ」と指摘されます。

 

 

 

 

 

『禅では「意馬心猿」という言葉があります。馬や猿のように制御しにくい心のことです。妄想情識がつぎからつぎへと起こってコントロールしにくい「識馬(こころ)」を、布袋和尚がその道力によって、自在に操っているところです。これもまた、われわれ人間の「心模様」を描いたものであり、「瓢鮎図」のテーマとつながるものがあります』(瓢鮎図の謎 P228~229より抜粋)

 

 

 

 瓢箪は、心の象徴。心は禅の根源的テーマ。芳澤先生が禅祖・達磨と弟子の慧可(神光)の問答をわかりやすく解説してくださっています。

 

『神光「私は心が安らかではありません。どうか安らかにしてください」

達磨「その安らかではないという心を持ってきなさい。そうしたら安らかにしてあげよう」

神光「その心というのは何かと求めていましたが、結局得ることはできませんでした」

達磨「(それでよい)それで安心が得られたのだ」

 

 (中略)この答えと達磨の問いとの間にどれくらいの時間があるのか。即座に答えたのでも、翌日になって答えたのでもなく、ずいぶん長い間、呻吟苦悩したことが想像されます。そして、とうとう究まり極まったところで、神光は「心を得ることはできませんでした」と答えたのにちがいありません。

 

 そして、この問答によって、神光は達磨から認められ付法され、名前を慧可とあらためて、禅宗の第二祖となったのです。神光は、どれくらいかわかりませんが、ずいぶんと悩んで「心とは何か」を考えたにちがいありません。そして、とうとう「心を覓(もと)むるに得可らず」という結論に達し、達磨から「それでよい」と認められたのです。雪舟の「慧可断臂図」(神光が達磨に教えを乞うため自分の腕を斬って志を示した絵)は、このような禅宗が始まる発端の物語を描いたものです』(瓢鮎図の謎 P36~39より抜粋)

 

 

 『瓢鮎図』は雪舟の師周文のそのまた師匠の如拙という人が、室町4代将軍足利義持の命で描き、その絵の上に、京都五山の禅僧31人が義持の命で詩文を書いている。31人は瓢箪で鮎(なまず)を捕まえられるかどうか理屈を捏ね回し、主張し合っているのです。

 31人中、24人が「捕まえられない」とし、4人は「どっちつかず」、3人は「捕まえられる」と言っています。評論家の小林秀雄は「瓢箪の酒を鮎に飲ませようとしているようにも見える」と評したとか。これ、ディベートの授業の題材にしたら面白いなあと思いました。

 

 

 

 芳澤先生からいただいた【瓢鮎図の謎】と格闘している最中、茶道研究会の望月静雄先生から、道化師(クラウン)望月美由紀さんがお書きになった【泣き虫ピエロの結婚式】という本をいただきました。

 

Img111  美由紀さんは望月先生のご長女。大道芸ワールドカップの市民クラウンとして活躍し、プロの道化師を志して上京。無理がたたってうつ病を発症するも、クラウン修業で学んだ笑顔の効能を糧にうつと向き合い、2011年に結婚。ところが夫は原因不明の難病に倒れ、結婚式からわずか10日後に緊急入院、40日後に亡くなるという悲劇に見舞われます。

 この尋常ならざる経験を経て、“クラウン精神”の価値を伝えようと、第4回日本感動大賞(ニッポン放送等主催)に応募したところ、見事大賞を受賞し、この6月に本として出版されたということです。

 

 

 一般人が書く伝記や解説本の場合、プロのライターが聞き書きしたり構成したりして、それなりの体裁に仕上げることもあるのですが、この本は美由紀さんが一文字一句、身を削るように書き込んだんだ、と伝わってきます。

 第三者が美由紀さんの辛さを理解するのは不可能でも、道化師という仕事に惹かれた理由、うつを抱えていたときの周囲との距離の置き方、愛する人との出会い・別れ・再会・結婚・死別、そして辛い立場の人に寄り添うクラウンという仕事の真価を実感するまで、美由紀さんの心がさまざまな揺らぎを経たこと自体は理解できる。経験の大きさや重さに違いがあれど、自分もつねに心の揺らぎを経験しているから、かもしれません。

 

 瓢箪や鮎のように、しょせん、心とはとらえきれない存在。それでも、読者が「美由紀さん、伝わったよ」と感じたのならば、達磨さんが神光に「それでよし」とおっしゃったのと同じではないでしょうか・・・。

 クラウンとは、揺らぐ心を整えてくれる現世の布袋さん、なのかもしれませんね。

 

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