ゆうべは日焼けした両腕が、軽い火傷に似たヒリヒリ感にさいなまれ、夜中に何度も目が醒めてしまいました。SPF32の日焼け止めクリームを何度も塗りなおしたはずなのに、油断した~。女子のみなさん、この時期、屋外に1時間以上いるとき、クリームは無能です。衣服で完全防備してください。
梅雨の合間の貴重な晴天。昨日(10日)は『吟醸王国しずおか』のロケで、喜久酔松下米でおなじみ、自然農法で健康優良児の山田錦を育て上げる松下明弘さんの田植えを撮影しました。
松下さんは、山田錦をはじめ、玄米食用のオリジナル品種『カミアカリ』など米づくりのスペシャリストとして知る人ぞ知る 存在。実は昨日は、2年前のしずおか地酒研究会の田んぼ見学会に参加した食の情報誌『dancyu』別冊編集長の里見美香さんが、「なんて楽しそうに、幸せそうに田んぼ仕事をする人だろう」と見惚れ、東京から駆けつけてくれたのです。世界の穀物市場が流通激変に見舞われる昨今、日本の米づくりの価値を再認識させる好機であり、日本を見回しても、食用・酒用ともに米生産者個人がブランドになっているような例は他にないということで、彼の米づくりを田植えから稲刈りまでじっくり見てみたいと。
『吟醸王国しずおか』の撮影にギャラリーが参加したのは初めて。しかも里見さんのような大物ギャラリーとなれば撮る方も撮られる方も力が入ります。里見さんは前夜、静岡入りして静岡伊勢丹の吟醸バーにも来てくれて、短い時間ながら静岡吟醸を堪能してくれました。こういう力強い応援団がいるって本当に嬉しいし、自分がやっていることが間違っていないって自信を与えてくれます。これも、もとはといえば、松下さんが素晴らしい米を作り、喜久酔の青島さんが素晴らしい酒にしてくれるおかげです。
事前に松下さんが、「どの田んぼで撮影する?決めてくれりゃそのつもりで準備するよ」と言ってくれたので、私は、彼の自宅に一番近い、鉄塔下の1面をリクエストしました。ここと、反対側の1面は、松下さんが1996年に最初に山田錦を植えたスタートの地。同時期に、しずおか地酒研究会を発足した私は、大粒背高で農家泣かせの山田錦を、「野生種だから強くたくましく育てたい」と不耕起・無農薬で作り始めた彼の挑戦を、会の仲間とともに、田植えやら草取りやら稲刈りやらと、一緒になって支援しました。
喜久酔の青島孝さんがニューヨークから戻ってきたのは、稲刈り直前の頃で、蔵の近くでおかしな連中が集まって米づくりで盛り上がっている姿を見てビックリ。96年という年は、松下さん、青島さん、そして私にとっても忘れ得ぬ年となりました。鉄塔下の田んぼを訪れるたび、13年前、稲刈り前の黄金色に光る田んぼの美しさに見とれ、3人で酒造りへの夢を語り合った夕暮れ時の光景が甦ってきます。
その頃、ヨチヨチ歩きだった息子が中学生になり、「親父の跡を継いでやってもいいようなことを云い始めた」と目じりを下げる松下さん。中学生かぁとため息をつく(未だに独身の)青島さんと私…。子どもの成長は、13年という時間の大きさを直球ど真ん中で知らしめてくれますね(苦笑)。
出会った頃は夢多き青年だった松下さんと青島さんも、時を経て、いろんなものが削ぎ落とされ、研ぎ澄まされて、それぞれの世界で確たる存在感を示すまでになりました。そんな2人を、映像カメラで撮りおさめることになろうとは、13年前の自分を振り返ると不思議な気がします。自分は、彼らに恥ずかしくないような仕事をしてきたのだろうか・・・撮影中の田んぼを眺めながら、いろんな思いが交錯しました。
12年間、天然の有機肥料だけで山田錦を育て続けた鉄塔下の田んぼは、土がしなやかになり、虫や微生物の宝庫となり、鳥が「おいしそうな田んぼ」とすっかり目をつけてしまったようで、土の栄養のために蒔いた肥料を、田植えの前に啄ばんでしまうとか。今はそのために少しだけ代掻きをし、土の内部に肥料を浸透させるようにしています。
一ヶ所に苗2~3本のみ、広い間隔で“疎”に植えて、1本の苗がしっかり土に根を張り、穂が背高になっても根っこまで太陽の光がしっかり届くようにする松下流の田植え。隣りの田んぼが芝生のように青々としているのに比べ、彼の田んぼは一見、土しか見えません。それが、「美しい田んぼだ」と感じられるように撮ってくれと、成岡さんや山口さんにはやや難しいリクエストをしました。2人はあれこれアングルを変え、土の中に棲む昆虫、鳥、松下さんや青島さんの表情、手元、背中、水面に映った影などを、3~4時間かけて撮り続けました。
「植物は、動物なんかよりよっぽど強い。動物は、環境に適応できなくなったら棲む場所を変えられるけど、植物は自分では動けない。どんなにしんどい環境でもじっと我慢し、子孫を残そうと必死に生きようとする。コンクリートの割れ目からだって大根は育つだろう。人間は、とりわけ日本人は、植物のおかげで衣食住が成り立ってきた。そういう畏敬の気持ちを忘れて、人間がコントロールしようなんておこがましいよ」としみじみ語る松下さん。「酒造りも、人間が造っているんじゃなくて麹や酵母が造ってくれる。同じ気持ちです」と青島さん。「いくらいい設備や腕のいい杜氏や意欲ある蔵人に恵まれていても、いい米が入ってこなくなったら僕らは何もできない。米づくりの未来について、酒造家は真剣に考えなければ」と自戒していました。
今日、植えた山田錦は、今年10月上旬に稲刈りをし、来年1月に仕込みをし、来年秋に出荷されます。田植えとは、一年の酒造りのいわばスタートライン。これから編集に取り掛かる『吟醸王国しずおか』パイロット版では、この2人の田植え姿を最終カットにし、「酒も映画も、これから先がお楽しみ」と余韻を残そうか…などと思っています。
それよりまずは、ひどい日焼けの後始末。ヒリヒリ感はいまだにおさまりません…。日焼けも泥汚れも勲章みたいに思っている野生種の男たちと、この夏、どうやってつきあうべきか、リアルな課題が待ち受けています。