しずおか地酒研究会20周年の今年は、3月の20周年記念講演会を皮切りに毎月さまざまな活動をしようと、目下、企画調整中。3月15日の記念講演会は、当初60名定員で募集したところ、嬉しいことに早々に満席となり、広い会場に移して倍の120席をご用意しました。お時間のある方はぜひお越しくださいませ!
しずおか地酒研究会20年アニバーサリー記念講演会 「造り手・売り手・飲み手が切り拓いた静岡地酒・新時代」
20年アニバーサリー第1弾は、1996年から20年欠かさず、講師として来て下さった松崎晴雄さんに講演をお願いしました。松崎さんはご存知、日本を代表する酒類ジャーナリストであり、全国各地域の清酒鑑評会審査員を務め、日本酒の海外振興のトップランナーとしてもご活躍中です。
今年は昭和61年(1986)に静岡酵母による全国新酒鑑評会大量入賞から30年という節目にもあたります。松崎さんには日本酒業界の30年を振り返り、飲み手目線で始めた地酒振興活動について、大所高所から解説していただきます。会場は20年前と同じ「あざれあ」です!
当日は静岡県清酒鑑評会審査会が県沼津工業技術研究所で開催され、即日結果発表されます。鑑評会主催の静岡県酒造組合会長・望月正隆さん(「正雪」蔵元)にもお越しいただき、松崎さんと大いに語っていただこうと思っています。一般の飲み手から、プロのきき酒師まであらゆる地酒ファンが今、傾聴すべき最新かつ最良の静岡地酒論。ぜひふるってご参加ください。お待ちしています。
■日時 2016年3月15日(火) 18時45分~20時45分 *終了後、「湧登」(静岡駅南銀座)ほか【杯が満ちるまで】掲載店にて二次会を予定しています。会費実費。
■会場 静岡県男女共同参画センターあざれあ 2階大会議室 http://www.azarea-navi.jp/shisetsu/access/
■講師 松崎晴雄氏(日本酒研究家・日本酒輸出協会理事長・静岡県清酒鑑評会審査員)
望月正隆氏(静岡県酒造組合会長・「正雪」神沢川酒造場代表取締役)
■会費 1000円
■定員 120名 *定員になり次第締め切ります。
■申込 しずおか地酒研究会事務局(鈴木) mayusuzu1011@gmail.com
さて、昨年の今頃は、地酒本【杯が満ちるまで】の取材で県内全蔵を駆けずり回っていました。寒さのピークとなる1月下旬から2月上旬は、大吟醸クラスの仕込み真っ只中で、観ているこちらも緊張感の連続でした。吟醸~大吟醸クラスの仕込みがほかと違うことが最も分かりやすい工程といえば、洗米作業。原料の米も精米歩合もレギュラークラスの酒とはもちろん違いますが、静岡県の吟醸造りの場合は洗いに使う水量がハンパない。静岡の酒の飲み口がきれいなのは、やっぱり水質が安定し、水量が豊富だから。洗米にこれだけおしげもなく水を使えるって幸せなんだ・・・と思い知らされます。
そのことを【杯が満ちるまで】の草稿で詳しく書いたものの、やはりページ数の都合で大幅カットせざるを得ず。ところが捨てる神あれば拾う神あり、というのか、奇遇なことに、愛知県の尾張地域地下水保全対策協議会という団体から「酒と水について書いてほしい」と依頼があり、改めて書き直して寄稿しました。
ちょうどここひと月ぐらいの間に、志太地域・大井川水系の酒蔵をいくつか訪問したばかりで、あの原稿、愛知県内で地下水を利用する一般製造メーカーさんしか読んでいただけないというのは何だか残念だな・・・と思い、一部だけ紹介させていただこうと思います。
大井川水系の酒蔵
国道1号線の藤枝バイパス谷稲葉インターから瀬戸川沿いに北上すると、志太泉酒造の大きな屋根が見えてきます。今は病院や紅茶メーカー工場に周囲を囲まれていますが、私が酒の取材を始めた頃は田畑の中に蔵が立ち、その向こうの川べりに続く桜並木の風景が、絵画のように美しかった。冬の仕込み時期は、洗米や麹作業で使用した麻布の干し場となり、開花を待つ桜の樹木の根っこ付近に水仙の花が風に揺れます。時々、こういう景色を見るためだけに酒蔵訪問することもあります。
昭和62年(1987)頃、取材先の店で初めて飲んだ静岡の地酒が『志太泉』でした。素人ながら「きれいな水ときれいな手で仕込まれた酒!」と感動したことを今でも覚えています。その後、この蔵が山間の川のほとりにあり、仕込みの時、洗米に常識を超えた量の流水を使っている等の話を聞きました。地元の人から「瀬戸ノ谷にゴルフ場が出来るらしい、川が農薬で汚染されたら志太泉が飲めなくなる」と聞いたときは、瀬戸川周辺の生態系を学ぶ学習会に参加し、建設反対に署名。ゴルフ場計画はバブル崩壊とともにお流れになり、あらためて地酒とは、ふるさとの水や土を慈しむ心をかたちにするもの・・・と実感しました。
瀬戸川は流路延長約30km、流域面積は179平方キロメートルの二級河川。藤枝市北部の高根山を水源とし、大井川山地を北から南へ貫き、途中でいくつかの支川と合流しながら、大井川の左岸扇状地で東へ大きく曲がります。その後、藤枝市の中心部を流下した後に朝比奈川と合流し、焼津漁港の北側で駿河湾に抜けるのです。
瀬戸川水系の支川には葉梨川、市場川、岡部川、吐呂川、谷川川、野田沢川、青羽根川、ユキ沢、梅田川、内瀬戸谷川、谷稲葉川、滝沢川、滝之谷川、石脇川があります。『志太泉』『杉錦』『初亀』『磯自慢』の酒蔵がこれらの流域に位置しています。ふだん意識することのない町の小川も、銘酒を育む一助になっていると思うと、水位の低下や水質汚染に敏感になります。地酒は大人のための環境教育の恰好の教材になりそうですね。
大井川に近い『若竹』『喜久醉』は、大井川の水量や水質の影響が直接及びます。言うまでもなく大井川は赤石岳、間ノ岳等の南アルプスを水源とし、島田市神座付近から氾濫源を広げ、巨大な扇状地を形成しています。
平成23年(2011)7月、私は大井川地域地下水利用対策協議会の定期総会に招かれ、静岡県の酒造りについてお話しする機会に恵まれました。このとき、大井川の地下水をさまざまな用途で利用する事業者から、大井川の現況について貴重な情報をいただきました。
それによると、大井川の地質は5層に大別され、便宜上、浅い順からA層(玉石混じりの砂礫で自由面地下水の帯水層)、B層(黒色・青色の粘土層。深さ25メートル前後に位置し、A層とC層を分ける)、C層(A層に近い砂礫層。主に海岸部で自噴)、D層(赤褐色の粘土層)、E層(第三紀層の砂岩、頁岩、礫岩。天然ガスの溶存もあり地下水としてはあまり利用されない)と分けています。
このうち透明性の高いA層とC層の地下水が利用されており、浅い面から採れるA層の水は「表流水」、それよりも深いC層の水は「伏流水」と呼ばれます。『若竹』には深さ30メートル、『喜久醉』には深さ55メートルの井戸があり、C層の伏流水が自噴しています。
地下に滲み込んだ水は砂礫を通るときに濾過されます。酸素を含んだ水が土壌中の有機物を分解して炭酸ガスをつくり、生成された炭酸が土壌中のミネラル分を溶かし出す。このミネラルの量や配分が水の特徴となるようです。
A層の表面水は流れが速く、ミネラル豊富で鮮度の良い美味しい水といわれますが、大気の影響を受けやすく、雨量によって水位がめまぐるしく変化するというリスクがあります。C層の伏流水はA層よりも大気の影響は少なく、年間平均水位の変化もあまりなく、ミネラル成分も安定しています。酒造りにとっては、この安定性が最も優先されるのでしょう。
全国地下水利用対策団体連合会が平成6年(1994)に制定した『地下水憲章』の、この2節が心に残りました。
●地下水は私たちの生活空間の中で、一番低いところにあります。そのうえ、移動速度も小さいので、いったん汚染すると、それを取り除くことは容易ではなく、また、回復するまでに多くの時間がかかります。日頃から注意し、汚染させないよう未然防止に心がけることが大切です。
●地下水は森林や水田が返照したりすると、水量が減り、ひいては、湧水や川の水が枯れるなど、動植物の生態系にまで影響を及ぼす恐れがあります。また、市街化が進んだところでは、雨や雪などの地下への浸透が少なくなり、川や水路があふれ、洪水や出水などによる災害が生じやすくなります。地下への浸透量が増えるように心がけることが大切です。
<平成27年度 尾張地域地下水保全対策協議会機関紙 2015年11月発行より>
振り返ってみると、自分が酒の取材を長く続けられるのも、酒を通して地域のことを多面的に考える機会をもらえるから、なんですね。ついつい酒米の品種や酵母の種類や、アル添だ純米だ生もとだ何だと酒造知識をひけらかす酒オタクになりがちですが、地元の川の水源がどこで、どこを流れているのか、基本的な地理を知らないほうが恥ずかしい・・・と自戒させられます。酒蔵の美味しい水のことをちゃんと理解し、大切にいただく地元の飲み手でありたい、と願います。