2022年も気がつけば立秋を過ぎ、田んぼには稲穂が実り始めています。ここへの訪問もすっかり疎になってしまっていましたが、手間がかかった仕事が一つ二つと片が付き、業務ではない趣味の執筆に向き合う心の余裕も持てるようになりました。・・・といっても仕事のPRで恐縮ですが、どうぞお付き合いくださいませ。
昨年来、取材執筆を続けてきた『静岡県の終活と葬儀』が8月24日に静岡新聞社から刊行されました。発売初日にフェイスブックで紹介したところ、「タイムリーな企画」「すぐにでも参考にしたい」等など好意的な反応をいただき、胸をなで下ろしています。
静岡県内主要書店にて発売中。1500円+税 Amazonでも取り扱っています。こちらからどうぞ。
内容は3章に分け、第1章「生前に準備しておきたいこと」は、終活や相続対策等、専門的な手続きや準備についてファイナンシャルプランナー小野崎一網さんが解説し、私が文章化をサポート。第2章「葬と供養の新しいかたち」は今の葬儀やお墓について、第3章「終活を支え、喪失に寄り添う人々」では死に向き合うときに助けとなる様々な専門家を紹介しました。
実はこの3章立てに落ち着くまで紆余曲折ありました。私が最初に提出した草稿には、一般に出回る終活葬儀ノウハウ本との差別化を意識し、静岡県の葬や供養に関するヒストリー&フォークロアをがっつり書き込んだのです。
葬や供養がどんどん簡素化される中で、わが地域が刻んできた大切な歴史や習俗がどんどん忘れ去られ、各地の盆祭り等にわずかに残るその記憶も、コロナ禍の影響もあり、風前の灯状態。今、静岡新聞社が出す本ならば、それは記録として残すべきではないかと考えて企画提案し、時間をかけて人を訪ね歩き、文献調査をしました。
実用書としてわかりやすいものを、という編集方針の変更によって、大半の草稿はお蔵入りになってしまいましたが、調査取材にかけた時間は決して無駄ではないと思っています。
以下は、本書の最後に「おわりに」としてつづった個人の想い。この心境に至ることができたのも、民俗の歴史に向き合い、人ひとり亡くなることの意味、弔いの作法を考える時間が十分に持てたからです。
当ブログを訪問し、ご縁をいただいた皆さまにとっても、死に方=生き方を見つめ直す一助になればと思っています。ボツになった調査内容はここで少しずつ紹介していきますので、よろしくお願いします。
「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」という禅語をご存知の方も多いと思います。雨の日も風の日も、辛く悲しい日であっても、その日その日を最良の日として生きようという、厳しくも温かい人生へのエール。この禅語を残した唐の名僧・雲門文偃の語録に、「朧月三十日(ろうげつみそか)」という言葉があります。
朧月三十日は旧暦の大晦日。人生を一年に喩えれば、まさにこの世の納め。誰の人生カレンダーにも漏れなく刻印され、早かれ遅かれ、その日を迎えることになります。年末の大掃除を土壇場になって慌ててやるか、前もって少しずつキレイにしておくかで、大晦日の迎え方もずいぶんと変わってくるでしょう。
私事になりますが、私の父は2017年の大晦日、正月用の酒肴を買いにバスに乗り、終点の静岡駅に着いた時、座席で眠るように心停止状態で運転手に発見されました。
病院に駆けつけた私は、汗だくで心臓マッサージをしていた医師より「回復の見込みはないが、マッサージを止める指示ができるのは家族だけ」と告げられ、外出中の母とも連絡が取れないまま、父の心臓を止めるという決断を迫られたのでした。持病があったものの、この日の朝も変わりなく普通に食事をし、他愛もない話をしていた父と、2時間後にこのような別れをするとは、もちろん想像もしていません。
父は生前、終活の話を嫌がって、葬儀や墓など諸事一切、決めていなかったため、病院の看護師に渡された葬儀社リストをもとに、過去に親戚が利用したことのある地元業者を選び、自宅までの遺体搬送と寺院の手配をお願いすることに。
年明け2日の通夜、3日に葬儀火葬と決まりましたが、葬儀社から「料理店が正月休みで祓いの食事が用意できない」とSOS連絡を受け、ダメ元で自分のSNSに「3日昼に仕出し弁当を頼めそうな店を知りませんか?」と投稿したところ、大晦日夜にもかかわらず、多くの友人から情報や弔意が寄せられ、無事、手配が叶いました。
一般葬か家族葬にするかの判断以前に、正月三が日という時期を考慮し、訃報連絡は近親者のみとしましたが、仕出し弁当SNSを見た友人知人が葬儀社を調べて駆けつけ、懇意にしていた日本酒の蔵元も、元旦から香典返し用の酒の準備をしてくれました。後悔先に立たずの連続でしたが、今振り返ると、あれほど他者の温情を感じた「好日」はなかったでしょう。
2020年の大晦日、その日本酒の蔵元が突然亡くなりました。海外在住の娘さんがコロナによる帰国後隔離処置に遭い、日を置いての通夜葬儀となりましたが、酒造繁忙期に蔵の大黒柱を失ったご家族や従業員の皆さんの悲嘆・混乱は、我が家とは比べものにならなかったでしょう。
今回の調査取材で、日本に、静岡に、実に豊かな弔いの文化が存在していたことを知り、時代とともに変化する供養のカタチに、専門的知見を活かし、寄り添い支える人々に出合いました。
父や蔵元が亡くなる前に知っておきたかったと思わずにはいられませんでしたが、執筆を終えた今、改めて、「必ずやってくる自分の大晦日」「大切な人の大晦日」を、悔いのない「好日」にできたら、と心から願います。
本書が、大晦日前の清掃整理に使える“お役立ちメモ”のような機能を担えたら幸甚です。