評価点:82点/2010年/アメリカ
監督:マシュー・ヴォーン
敵も味方もみなド素人の新ヒーロー。
なぜ皆人はヒーローに憧れるのに、人を助けないのだろうという素朴な疑問にとらわれたデイヴ(アーロン・ジョンソン)は、自分でコスチュームを買いそろえ人助けを開始する。
車を盗もうとしている二人を見つけた彼は、さっそく止めに入る。
しかし、ぼっこぼこに殴られ抵抗するとナイフで腹を刺され、挙げ句に車に轢かれてしまう。
一命を取り留めた彼は、体中にボルトを入れられ「まるでウルヴァリンみたいだ!」と喜ぶ。
そうして彼は「キック・アス」というヒーローとしてニューヨークを守ろうとするのだが…。
脚本にはブラッド・ピットの名前があり、そしてキャストにはニコラス・ケイジの名前まである。
日本にはあまり馴染みのないアメリカンヒーローの映画だ。
僕は「白いリボン」と同じ日に時間を都合して見に行った。
一番初めにチケットを買って、そして上映時間になった時には立見席しかなかったほどの人気だった。
単館上映ということもあるにしても、すごい人気だ。
そのことからもわかるが、非常に完成度の高い映画だ。
余裕がある人はぜひ行くべきだ。
ただ単なるB級コメディでもなければ、A級ヒーローアクションでもない。
絶妙なバランスで現代的なテーマも含む「キック・アス」は新しいヒーロー像を作り上げた、かもしれない。
▼以下はネタバレあり▼
誰か助けを待っている人がいる。
目の前に助けを求めている人がいる。
それなのに、見てみぬふりをするのはなぜだろう。
みな一度はスーパーヒーローにあこがれる。
人助けをしてみたいとあこがれる。
それなのに、なぜあきらめて誰もやらないのだろう。
その漠とした疑問を真っ向から考えたのがこの映画だ。
だからスタンスがとても卑近だ。
負の意味合いからではない。
おそろしくわかりやすい、誰にでもわかる動機という意味で卑近なのだ。
どこにでもいる、オタク趣味の内気な少年。
好きな女の子に話しかけることもままならない。
その感動のかけらもない少年が、ある日突然思い立つ。
「人助けをしよう」
彼のすごいところは、周りが全く見えてないという点だ。
自分の用意したコスチュームがどれほどダサいか、理解できていない。
だからこそおもしろいし、かなしい。
だって自分を見ているような悲しさを覚えるのだもの。
そしてこの作品に出てくる人物がことごとく周りが見えてないし、自分が見えていない人間たちばかりで構成されている。
ビッグダディ(ニコラス・ケイジ)も、武器マニアでコスプレマニアだ。
そのパパに育てられたのだからヒットガールもひどい殺人マニアである。
「壁以外は背中を向けるな」
「誕生日にはバタフライナイフが欲しい」というとんでもない少女である。
周りが見えてないことこの上ない。
敵となるマフィアたちも笑える人間たちだ。
バズーカを見つけて喜び勇んで持って帰る幹部や、情報の少なさからキックアスが自分のかたきと勘違いする。
もっとスマートな敵ならば、きっとビッグダディもヒットガールもあっという間に倒せていただろう。
だが、その素人臭さ、人間くささがたまらなく良い。
敵を倒すという勧善懲悪の世界観を全面に押し出しているように見えながら、そこにあるのはブラック過ぎる世界観である。
無邪気に味方を拷問するマフィアも、ゲイにオイルまで塗らせてしまう美女、日常茶飯事的に起こる犯罪を誰も止めることができないというアメリカの病的な無関心。
これぞアメリカであり、アメリカのシュールでブラックな世界を見事に描ききっている。
だからなぜか誰も憎めないのだ。
派手なコスチュームを望むレッド・ミストは全くマフィア向きではない。
ボスの親父にありったけのお金をかけさせたわりには無駄でナンセンスな機能とデザイン。
挙げ句の果てに「キック・アスは友だちだから許してやってくれ」と親父に懇願する始末。
麻薬を扱いながらもこのマフィアなら特に問題にしなくても悪いことはできないのでは?と思えるほどほほえましい。
この映画の根底にあるのはだから「善意」なのだ。
ヒーローものなのに、そこに醸し出されるのは悪を憎むというような強烈なモノではない。
人間はみなどこか愚かでそして悲しい。
そういう人間賛歌が根底にあるので、この映画を観ているとほほえましくなるし、どこか元気になれる。
また、人を助けないのは何故か、という問いは誰にとっても耳が痛い。
世論はマイノリティを救うように政府に要求するがそれを行動という形に移す者はいない。
だれもがしたいことで、だれもができないことを形にするのがヒーローならば、きっと彼はヒーローに違いない。
残酷な少女とびびりのオタクとの対比は目を引くものだが、彼の中にたぎる正義感を誰も否定できないだろう。
単なるお馬鹿な映画ではないところも、ハイセンスだ。
2011年にも公開されるヒーロー映画は数多くあるらしい。
その中でもきっと珠玉の作品であることは間違いない。
監督:マシュー・ヴォーン
敵も味方もみなド素人の新ヒーロー。
なぜ皆人はヒーローに憧れるのに、人を助けないのだろうという素朴な疑問にとらわれたデイヴ(アーロン・ジョンソン)は、自分でコスチュームを買いそろえ人助けを開始する。
車を盗もうとしている二人を見つけた彼は、さっそく止めに入る。
しかし、ぼっこぼこに殴られ抵抗するとナイフで腹を刺され、挙げ句に車に轢かれてしまう。
一命を取り留めた彼は、体中にボルトを入れられ「まるでウルヴァリンみたいだ!」と喜ぶ。
そうして彼は「キック・アス」というヒーローとしてニューヨークを守ろうとするのだが…。
脚本にはブラッド・ピットの名前があり、そしてキャストにはニコラス・ケイジの名前まである。
日本にはあまり馴染みのないアメリカンヒーローの映画だ。
僕は「白いリボン」と同じ日に時間を都合して見に行った。
一番初めにチケットを買って、そして上映時間になった時には立見席しかなかったほどの人気だった。
単館上映ということもあるにしても、すごい人気だ。
そのことからもわかるが、非常に完成度の高い映画だ。
余裕がある人はぜひ行くべきだ。
ただ単なるB級コメディでもなければ、A級ヒーローアクションでもない。
絶妙なバランスで現代的なテーマも含む「キック・アス」は新しいヒーロー像を作り上げた、かもしれない。
▼以下はネタバレあり▼
誰か助けを待っている人がいる。
目の前に助けを求めている人がいる。
それなのに、見てみぬふりをするのはなぜだろう。
みな一度はスーパーヒーローにあこがれる。
人助けをしてみたいとあこがれる。
それなのに、なぜあきらめて誰もやらないのだろう。
その漠とした疑問を真っ向から考えたのがこの映画だ。
だからスタンスがとても卑近だ。
負の意味合いからではない。
おそろしくわかりやすい、誰にでもわかる動機という意味で卑近なのだ。
どこにでもいる、オタク趣味の内気な少年。
好きな女の子に話しかけることもままならない。
その感動のかけらもない少年が、ある日突然思い立つ。
「人助けをしよう」
彼のすごいところは、周りが全く見えてないという点だ。
自分の用意したコスチュームがどれほどダサいか、理解できていない。
だからこそおもしろいし、かなしい。
だって自分を見ているような悲しさを覚えるのだもの。
そしてこの作品に出てくる人物がことごとく周りが見えてないし、自分が見えていない人間たちばかりで構成されている。
ビッグダディ(ニコラス・ケイジ)も、武器マニアでコスプレマニアだ。
そのパパに育てられたのだからヒットガールもひどい殺人マニアである。
「壁以外は背中を向けるな」
「誕生日にはバタフライナイフが欲しい」というとんでもない少女である。
周りが見えてないことこの上ない。
敵となるマフィアたちも笑える人間たちだ。
バズーカを見つけて喜び勇んで持って帰る幹部や、情報の少なさからキックアスが自分のかたきと勘違いする。
もっとスマートな敵ならば、きっとビッグダディもヒットガールもあっという間に倒せていただろう。
だが、その素人臭さ、人間くささがたまらなく良い。
敵を倒すという勧善懲悪の世界観を全面に押し出しているように見えながら、そこにあるのはブラック過ぎる世界観である。
無邪気に味方を拷問するマフィアも、ゲイにオイルまで塗らせてしまう美女、日常茶飯事的に起こる犯罪を誰も止めることができないというアメリカの病的な無関心。
これぞアメリカであり、アメリカのシュールでブラックな世界を見事に描ききっている。
だからなぜか誰も憎めないのだ。
派手なコスチュームを望むレッド・ミストは全くマフィア向きではない。
ボスの親父にありったけのお金をかけさせたわりには無駄でナンセンスな機能とデザイン。
挙げ句の果てに「キック・アスは友だちだから許してやってくれ」と親父に懇願する始末。
麻薬を扱いながらもこのマフィアなら特に問題にしなくても悪いことはできないのでは?と思えるほどほほえましい。
この映画の根底にあるのはだから「善意」なのだ。
ヒーローものなのに、そこに醸し出されるのは悪を憎むというような強烈なモノではない。
人間はみなどこか愚かでそして悲しい。
そういう人間賛歌が根底にあるので、この映画を観ているとほほえましくなるし、どこか元気になれる。
また、人を助けないのは何故か、という問いは誰にとっても耳が痛い。
世論はマイノリティを救うように政府に要求するがそれを行動という形に移す者はいない。
だれもがしたいことで、だれもができないことを形にするのがヒーローならば、きっと彼はヒーローに違いない。
残酷な少女とびびりのオタクとの対比は目を引くものだが、彼の中にたぎる正義感を誰も否定できないだろう。
単なるお馬鹿な映画ではないところも、ハイセンスだ。
2011年にも公開されるヒーロー映画は数多くあるらしい。
その中でもきっと珠玉の作品であることは間違いない。
A級のB級
珠玉のハイセンスムービーでした。
面白い映画は
たまりませんね。
テキスト
改稿しました?
確かに というか
少し残酷さに必然性がない感もありました。
けど音楽もよくて
センスハンパない・・・。
ばたばたしていまして。返信遅れました。
詳しい理由はまた記事にできればします。
>nさん
いいですよね。2011年に見ましたが、すでにトップ10確実視されております。
僕から。