評価点:78点/2009年/アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
「赦し」の入れ子型構造。
27年間もの間、刑務所に入れられていたマンデラ(モーガン・フリーマン)は、釈放され、南アフリカを変えるべく、大統領の席についた。
アパルトヘイトの差別を公認していた白人旧政権の元で働いていた人々は、彼の振るうであろう大なたに恐怖していた。
一方、解放運動の際に殺害された黒人たちは、白人への復讐心で燃えていた。
対立の激しい祖国を一つにするために、マンデラは、ラグビーで優勝することを企画しようとする。
イーストウッドが監督として名乗りをあげたという作品で、まさにこの時代に企画された映画だな、と思わせる映画である。
この時期に見逃すと、全く価値がなくなってしまうかもしれない作品なので、見に行くならとにかく早くいくべきだ。
社会的で、歴史的背景をもつドラマなので、南アフリカに対する興味が全くない人にはちょっとつらいかもしれない。
だが、そこはイーストウッド。
ユーモアのセンスは抜群で、安心してみることができる。
ただ、アメリカ人は知らないが、日本人にはラグビーのルールを知っている人は少ないはずなので、売れる映画ではない。
一般受けはしないだろうが、僕はおすすめしたい。
ちなみにこの映画は「M4会」初めての共同鑑賞会となった記念すべき作品なのである。
M4会とは、僕が懇意にされている美容室のスタッフ3人と構成されている日本最高峰(自称)の映画鑑賞機関。
今後も活動予定なので、乞うご期待。
▼以下はネタバレあり▼
この映画のテーマは、ずばりそのまま、「赦し」である。
それは幾度かマンデラ自身が劇中で語るように、アパルトヘイトの厳しい状況を乗り越えるためには、対立ではなく、赦しが大切であるというのが、一貫したテーマとなっている。
もちろん、そのテーマは非常に現代的だ。
あるいは、時事的だ。
イラク戦争や、イランとの交渉、あるいはアフガンへの政策など、アメリカとアラブ諸国との軋轢はますます厳しさを増すばかりである。
2001年のあの9.11から始まる一連の流れに、誰もが嫌気がさしている。
そのテーマが、「赦し」なのである。
その意味で、この映画をただ偶然に企画された物語だとすることはできない。
アメリカ人のほとんどは、この映画を通して9.11からの一連の出来事をすかしてみるだろう。
それは物語の切り取り方でもわかる。
多くの苦難を乗り越えて大統領になったはずのマンデラを、大統領になるまでの物語ではなく、大統領になった後にどのような政策を打ち出したのかという点に絞られている。
それはそのままオバマ大統領というアメリカの新しい代表を想起させる。
この映画が問うているのは、「黒人が大統領になること」ではなく、「その大統領や国民がどういう道を選択するべきか」を問うている。
南アフリカで初のワールドカップが行われることもあり、非常に時事的な題材を、まさにタイムリーに発表したわけだ。
その手段としてマンデラはラグビーを選ぶ。
白人の紳士のスポーツであるラグビーを、あえて選ぶことで白人と黒人の溝を埋めようとする。
僕たち日本人はあまりピンとこないスポーツかもしれないが、イギリスではサッカーは社会的下位層、ラグビーは上位層と明確に分かれている。
聞いた話では、大学進学した若者は、サッカーをやっていた、とは話さないらしい。
なぜなら、その時点でその人がどのような身分の人間かがわかってしまうからだ。
「マッチポイント」でもテニスをしているから、上流貴族と出会うチャンスが舞い込んできたのである。
(彼らが狩りやポロをしていたことも注目してよいだろう)
白人を象徴する、もっといえば、侵略者の国技であるラグビーを応援したいと思う黒人はいない。
中国人が相撲取りになろうとしないのと、少し似ているのかもしれない。
ともかく、それをあえてすることが、差別の国を脱するための第一歩となるとマンデラは確信する。
そうした物語の流れを、そのまま最後のラグビーワールドカップの決勝戦にみることができる。
はじめは空き缶拾いをしているように装っていた黒人の少年が、白人が聞いているラジオをともに聞くようになる。
ここには入れ子型構造になった物語がうかがえる。
つまり、僕たち観客が持っている現実のコンテクストに、「インビクタス」というテクストが置かれ、かつその物語の中にワールドカップ決勝戦という物語が埋め込まれている。
あの試合に象徴されるように、人々はスポーツを通して国民が一体になる姿を描いていく。
よって僕たち観客は、自分たちが今立たされている状況から「赦し」というテーマまで一気に引き込まれていく。
ちょうど、海面にできた渦のように、ゆっくりと決勝戦まで引き込まれていくのである。
その展開が見事である。
観客のカットが多く、単なるスポーツドラマではないことを示している。
ただ、日本人にとっては、ラグビーやオールブラックスなどの意味合いがいまいち理解しがたいだろう。
僕は個人的に、ニュージーランドでオールブラックスやマオリ族の「ハカ」の踊りなどを見聞きしたので、感情移入度は高かった。
特に、マオリと欧米人たちの軋轢がニュージーランドでもあったことを考えると、決勝戦はよりいっそう感慨深い。
また、ラグビーは「ノーサイド」という言葉があり、決勝戦の両者でさえ敵対しているのではない、という強いポリシーがある。
そのあたりも興味深い。
(それを提唱しているのが、先進国でも随一の差別の国イギリスだということも興味深い)
物語を彩るユーモアもさすがイーストウッドである。
特に警備兵の団結していく姿は、見事な描き方だ。
ラストの決勝戦ではちょっと心許ない警備だったが、それもまたありだろう。
と、非常によい映画だ。
タイムリーというだけで、この映画は見る価値がある。
だが、泣けない。
だが、「ミリオンダラー・ベイビー」のような魂を揺さぶる力強さはない。
それは単純だ。
苦痛や苦悩を描かなかったからだ。
最も苦しかったはずの、刑務所での話や黒人が投票権を得るまで、また白人がそれに対していかにおびえていたか。
ラグビーチームがいかに団結するのか、どんな苦労があり、苦難があったのか。
そのあたりが描かれない。
さっくりと1年後のワールドカップ開催までこぎ着けてしまう。
描きたかったところは十分に理解するが、その「赦し」がどれだけ難しいことなのか、もっと痛みを描くべきだった。
たとえば、独立を勝ち取った戦争の時のエピソードなどでもよかった。
いかに白人が残酷だったか、それに対する黒人はどのような手段で敵を脅かしたのか。
そういった具体的な苦しみを描かなければ、物語の深みは生まれない。
また、ラストの決勝戦がいかにもラグビーファン泣かせな展開だ。
トライを一つも決めずにキックしあって勝っても盛り上がらない。
それが史実だとしても、物語の切り取り方としては間違っているだろう。
決勝戦が渦の真ん中であったはずなのに、うまく飲み込みきれていない気がする。
ラグビーをあまり知らない僕がそう思うのだから、ラグビーを知っている人ならもっと脱力感に見舞われただろう。
なんだか今ひとつ。
それにしても最も気になったのは、決勝戦前に出てきたサングラスの男。
下見にきたり、思わせぶりな位置からのぞいたり、彼は暗殺者?
それとも単なる警備兵?
なぜあんなカットで出てきたのか、暗殺者だと思ってずっとどんでん返しがあるものだと怖かった。
エンドロールで、何もないんかい! と突っ込んでしまった。
監督:クリント・イーストウッド
「赦し」の入れ子型構造。
27年間もの間、刑務所に入れられていたマンデラ(モーガン・フリーマン)は、釈放され、南アフリカを変えるべく、大統領の席についた。
アパルトヘイトの差別を公認していた白人旧政権の元で働いていた人々は、彼の振るうであろう大なたに恐怖していた。
一方、解放運動の際に殺害された黒人たちは、白人への復讐心で燃えていた。
対立の激しい祖国を一つにするために、マンデラは、ラグビーで優勝することを企画しようとする。
イーストウッドが監督として名乗りをあげたという作品で、まさにこの時代に企画された映画だな、と思わせる映画である。
この時期に見逃すと、全く価値がなくなってしまうかもしれない作品なので、見に行くならとにかく早くいくべきだ。
社会的で、歴史的背景をもつドラマなので、南アフリカに対する興味が全くない人にはちょっとつらいかもしれない。
だが、そこはイーストウッド。
ユーモアのセンスは抜群で、安心してみることができる。
ただ、アメリカ人は知らないが、日本人にはラグビーのルールを知っている人は少ないはずなので、売れる映画ではない。
一般受けはしないだろうが、僕はおすすめしたい。
ちなみにこの映画は「M4会」初めての共同鑑賞会となった記念すべき作品なのである。
M4会とは、僕が懇意にされている美容室のスタッフ3人と構成されている日本最高峰(自称)の映画鑑賞機関。
今後も活動予定なので、乞うご期待。
▼以下はネタバレあり▼
この映画のテーマは、ずばりそのまま、「赦し」である。
それは幾度かマンデラ自身が劇中で語るように、アパルトヘイトの厳しい状況を乗り越えるためには、対立ではなく、赦しが大切であるというのが、一貫したテーマとなっている。
もちろん、そのテーマは非常に現代的だ。
あるいは、時事的だ。
イラク戦争や、イランとの交渉、あるいはアフガンへの政策など、アメリカとアラブ諸国との軋轢はますます厳しさを増すばかりである。
2001年のあの9.11から始まる一連の流れに、誰もが嫌気がさしている。
そのテーマが、「赦し」なのである。
その意味で、この映画をただ偶然に企画された物語だとすることはできない。
アメリカ人のほとんどは、この映画を通して9.11からの一連の出来事をすかしてみるだろう。
それは物語の切り取り方でもわかる。
多くの苦難を乗り越えて大統領になったはずのマンデラを、大統領になるまでの物語ではなく、大統領になった後にどのような政策を打ち出したのかという点に絞られている。
それはそのままオバマ大統領というアメリカの新しい代表を想起させる。
この映画が問うているのは、「黒人が大統領になること」ではなく、「その大統領や国民がどういう道を選択するべきか」を問うている。
南アフリカで初のワールドカップが行われることもあり、非常に時事的な題材を、まさにタイムリーに発表したわけだ。
その手段としてマンデラはラグビーを選ぶ。
白人の紳士のスポーツであるラグビーを、あえて選ぶことで白人と黒人の溝を埋めようとする。
僕たち日本人はあまりピンとこないスポーツかもしれないが、イギリスではサッカーは社会的下位層、ラグビーは上位層と明確に分かれている。
聞いた話では、大学進学した若者は、サッカーをやっていた、とは話さないらしい。
なぜなら、その時点でその人がどのような身分の人間かがわかってしまうからだ。
「マッチポイント」でもテニスをしているから、上流貴族と出会うチャンスが舞い込んできたのである。
(彼らが狩りやポロをしていたことも注目してよいだろう)
白人を象徴する、もっといえば、侵略者の国技であるラグビーを応援したいと思う黒人はいない。
中国人が相撲取りになろうとしないのと、少し似ているのかもしれない。
ともかく、それをあえてすることが、差別の国を脱するための第一歩となるとマンデラは確信する。
そうした物語の流れを、そのまま最後のラグビーワールドカップの決勝戦にみることができる。
はじめは空き缶拾いをしているように装っていた黒人の少年が、白人が聞いているラジオをともに聞くようになる。
ここには入れ子型構造になった物語がうかがえる。
つまり、僕たち観客が持っている現実のコンテクストに、「インビクタス」というテクストが置かれ、かつその物語の中にワールドカップ決勝戦という物語が埋め込まれている。
あの試合に象徴されるように、人々はスポーツを通して国民が一体になる姿を描いていく。
よって僕たち観客は、自分たちが今立たされている状況から「赦し」というテーマまで一気に引き込まれていく。
ちょうど、海面にできた渦のように、ゆっくりと決勝戦まで引き込まれていくのである。
その展開が見事である。
観客のカットが多く、単なるスポーツドラマではないことを示している。
ただ、日本人にとっては、ラグビーやオールブラックスなどの意味合いがいまいち理解しがたいだろう。
僕は個人的に、ニュージーランドでオールブラックスやマオリ族の「ハカ」の踊りなどを見聞きしたので、感情移入度は高かった。
特に、マオリと欧米人たちの軋轢がニュージーランドでもあったことを考えると、決勝戦はよりいっそう感慨深い。
また、ラグビーは「ノーサイド」という言葉があり、決勝戦の両者でさえ敵対しているのではない、という強いポリシーがある。
そのあたりも興味深い。
(それを提唱しているのが、先進国でも随一の差別の国イギリスだということも興味深い)
物語を彩るユーモアもさすがイーストウッドである。
特に警備兵の団結していく姿は、見事な描き方だ。
ラストの決勝戦ではちょっと心許ない警備だったが、それもまたありだろう。
と、非常によい映画だ。
タイムリーというだけで、この映画は見る価値がある。
だが、泣けない。
だが、「ミリオンダラー・ベイビー」のような魂を揺さぶる力強さはない。
それは単純だ。
苦痛や苦悩を描かなかったからだ。
最も苦しかったはずの、刑務所での話や黒人が投票権を得るまで、また白人がそれに対していかにおびえていたか。
ラグビーチームがいかに団結するのか、どんな苦労があり、苦難があったのか。
そのあたりが描かれない。
さっくりと1年後のワールドカップ開催までこぎ着けてしまう。
描きたかったところは十分に理解するが、その「赦し」がどれだけ難しいことなのか、もっと痛みを描くべきだった。
たとえば、独立を勝ち取った戦争の時のエピソードなどでもよかった。
いかに白人が残酷だったか、それに対する黒人はどのような手段で敵を脅かしたのか。
そういった具体的な苦しみを描かなければ、物語の深みは生まれない。
また、ラストの決勝戦がいかにもラグビーファン泣かせな展開だ。
トライを一つも決めずにキックしあって勝っても盛り上がらない。
それが史実だとしても、物語の切り取り方としては間違っているだろう。
決勝戦が渦の真ん中であったはずなのに、うまく飲み込みきれていない気がする。
ラグビーをあまり知らない僕がそう思うのだから、ラグビーを知っている人ならもっと脱力感に見舞われただろう。
なんだか今ひとつ。
それにしても最も気になったのは、決勝戦前に出てきたサングラスの男。
下見にきたり、思わせぶりな位置からのぞいたり、彼は暗殺者?
それとも単なる警備兵?
なぜあんなカットで出てきたのか、暗殺者だと思ってずっとどんでん返しがあるものだと怖かった。
エンドロールで、何もないんかい! と突っ込んでしまった。
現在、映画サイトを勉強中です。こちらはすごい情報量ですね。参考にさせて頂きます。
最近、オムニバス映画のサイトを開きました。もしよろしければご覧頂き、感想などをお聞かせ下さい。
オムニバス映画ワールド
http://web.me.com/omnibusworld
アクセスお待ちします。
宜しくお願いします。
書き込みありがとうございます。
僕のブログなんて、まだまだです。
最近は映画を見に行く時間さえままならない感じで…。
あせらずゆっくり更新していく、というのが長く続く秘訣ではないか、と都合の良いにように解釈しています。
secret bootsもこれからのブログですので、お互い頑張りましょう。
ちょこちょこお邪魔させていただきます。