ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

ミスティ (Misty)

2007年07月08日 | 名曲


 ■ミスティ (Misty)
■作詞…ジョニー・バーク(1955年)
■作曲…エロール・ガーナー(1954年)
ミスティ サラ・ヴォーン
ミスティ エラ・フィッツジェラルド
 
 
 「ミスティ」は、ユニークなピアノ・スタイルで高い人気のあった黒人ジャズ・ピアニスト、エロール・ガーナーが作曲した、バラード・タイプのとても美しい曲です。ガーナーの作ったものの中で最も広く愛されている名曲です。
 1954年のある日、ニューヨークからシカゴへ向かう飛行機の中で、霧深い窓の外を眺めているうちに、ガーナーの脳裏にひとつのメロディーが浮かびました。ガーナーは、そのメロディーを忘れないように反芻し、空港へ到着後すぐにホテルに駆け込んで、そこにあったピアノで曲をまとめ上げました。記譜の苦手なガーナーは、うまい具合にこの曲をテープに収めることができたので、「ミスティ」は失われずに済んだのです。また一説には、霧だけでなく、飛行機の中から虹を見て感激しているうちに曲が浮かんできた、とも言われています。


     


 エロール・ガーナーは3歳の頃からピアノに親しんでいました。彼は、ジャズやクラシックのレコードを聴きながら、ピアノで真似をし始めたといいます。7歳の頃には、近所の人々が彼のピアノを聴くために集まってきたそうです。
 ガーナーの母は、彼に正式なレッスンを受けさせようとしましたが、2度のレッスンでピアノ教師は逃げ出してしまいました。それというのもガーナーが楽譜を読もうとせず、自分の思いついたコードや、メロディの創作だけに熱中するからだったんですね。というわけで、ガーナーは生涯、楽譜を読んだり書いたりすることは不得手のままだったのです。しかしその代わり、あふれ出るほどの感性でピアノを弾きこなし、偉大なエンターテイナーとして名を残しました。


     


 1954年7月にエロール・ガーナー・トリオが録音したのが「ミスティ」の最初のレコードです。あとからジョニー・バークが歌詞をつけて、翌55年に出版されました。自分でも不確かながら恋をしているような気分、霧に包まれたような夢うつつ状態を歌詞にしています。
 56年にはガーナーがミッチ・ミラー指揮のオーケストラと共演したレコードが大ヒット。59年にはジョニー・マティスのレコードがミリオン・セラーとなっています。以後も多くのミュージシャンが好んで取り上げています。
 この曲も、ジャズ・ミュージシャンなら必ず一度や二度は演奏したことがあるでしょう。ガーナー一世一代の不朽の名作です。


 ジャズ通で知られているクリント・イーストウッドの初監督作品「恐怖のメロディ」(1971年)に、重要な役割でこの曲が登場します。そのヴァージョンは、数ある「ミスティ」の中でも最も有名なガーナー本人の演奏です。

     
         『恐怖のメロディ』


【ミスティ】
私を見て 
私は木の上で降りられずにいる仔猫のよう
雲にすがりついているような気持ち 
なぜだかあなたの腕に抱かれていると霧に包まれてしまう
道を歩けば何千というヴァイオリンが奏で始める
それともそれはあなたの「ハロー」という声なのだろうか
私には音楽が聴こえる 
あなたが側にいると私は霧に包まれてしまう
「ついておいで」と言っておくれ 
それは私の望むこと
あなたが告げてくれなければ私には希望はない
これがあなたについて行く理由なのだ
ひとりでこの不思議な国を歩いて行けば
右足と左足の出し方も分からない 
帽子も手袋も分からない
私は霧に包まれすぎた 
そしてあなたを愛しすぎている



     
     オマケ~眠るハムスター


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コメント (12)
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