ゾマーさんのこと | |
ジャン・ジャック サンペ,Patrick Suskind,池内 紀 | |
文藝春秋 |
今年最初に読んだ小説は、パトリック・ジュースキントの『ゾマーさんのこと』
ドイツ物から始まりました。ドイツ語をもう一度勉強して、原書で読んでみた
いと思うようなすてきな文章の心にじわっと来るお話で、たくさんある挿絵
がまたとてもすてきです。聞けばフランスでは知らない人のいないジャン・
ジャック・サンペさんという大変有名な画家・漫画家さんの作だそうです。
主人公は小学校に通い始めたばかりの"ぼく"。その淡々と叙情的に語られ
る日常の描写がなんとも美しい。原作も良いのでしょうが、池内紀さんの訳
もまた良いのでしょう。"ぼく"の何の変哲もない日常に、ゾマーさんが入り込
んできます。ゾマーさんは"ぼく"の村に住み着き、一年365日ただひたすら歩
きまわります。リュックを背負い長い杖をついたその姿は、朝と言わず夜と
言わずあちこちで目撃されます。夜も寝ないで歩いているように見えます。
歩くことが生きること、歩いていないと生きていられないのように。ゾマー
さんの暮らしを支えていた奥さんが亡くなった少し後、"ぼく"はゾマーさん
が湖へ入っていく姿を目撃します。助けに行くことだってできたかもしれな
い。でも、"ぼく"はなぜか動けず、ただ見守り続けました。やがて帽子だけ
を残してゾマーさんの姿は水の中に消えていきました。
ただそれだけの話です。美しい自然描写や人々の日常の営みの描写、
みずみずしい"ぼく"の心の動き、その中に一点黒いしみのようなゾマーさ
んの姿。それも"ぼく"が大人になるのと時を同じくするように消えてしまい
ます。子ども時代を象徴する幻だったのでしょうか。心に深い余韻の残る
小説です。
香水―ある人殺しの物語 (文春文庫) | |
Patrick S¨uskind,池内 紀 | |
文藝春秋 |
作者のパトリック・ジュースキントはドイツの人気作家で、映画にもなったベス
トセラー小説『Das Parfum 香水-ある人殺しの物語』が有名です。ゾマーさん
とは全く違う奇想天外な怪奇的な物語です。まあゾマーさんも不気味と言えば
不気味です。そこがジュースキントの特徴であり魅力なんですね。この物語では
どんな匂いでもかぎ分けられるが、自分自身には全く匂いのない男が香水作り
となり、至上の芳香を求めて美女を次々と殺していきます。なんとも奇妙な題材
ですが、これが最後まで一気に読めるおもしろさ!このジュースキント(Sueskind:
英語で言えばSweetchild)なんて言うかわいらしい名前の作家、絶対に表に出ず、
南仏のどこかで頑なに存在を隠し続けているのだとか。興味をそそられます。