日本橋川の北側の「日本橋室町地区」を散策していきます。この日本橋室町地区には「日本銀行本店」があり、全国の銀行や証券会社が密集しています。また「三越百貨店日本橋本店」「中央三井信託銀行」「三井新館」など三井や三越など東京発祥の企業が多く集まっており、三菱や日本生命など大阪発祥の大企業が集積している東京駅丸の内とはまた違った雰囲気です。
日本橋室町の区域を南北に縦断している中央通り沿いは大型百貨店や大手金融会社などのビルが整然と並んでいますが、大通りを外れた場所には老舗の商店が軒を連ねる風景が広がっています。
日本橋北詰交差点前に巨大なビルを構えているのは「三越百貨店日本橋本店の新館」です。2004年10月11日に「旧新館」の跡地に建設された建物で、本館の建物に隣接しています。地上10階地下2階建てのこの建物は、隣接している本館の建物の景観に合わせたデザインに設計されています。
新館の建物前から北側をズームで撮影してみると、中央通りに沿って建てられていたビル街が取り壊されて高層ビルに建て替えられる再開発工事が多くの場所で行われていて、その規模は銀座や京橋の比ではないと思います。この界隈を歩いていると常にアンプトラックなどの工事用車両が走りまわっているのが見えました。
新館の一階のショーウインドウには七夕が飾ってありました。この記事を書いたのは7月7日ですから、今日まで飾っているのかもしれませんね。
日本橋室町一丁目の「室町」という地名は江戸時代から続いていて、現在の中央通りの両側に町屋が連なる街並みが続いていたと言います。町名は京都の室町にならったもので、江戸第一の繁華街でした。この界隈は江戸城の大手門に近かったこともあり、城下町としての性格も強かったみたいです。
昭和初期・震災復興期における区町域の変更と新設によってもとからあった室町一丁目と室町二丁目、その周辺部にあった「長浜町」「品川町」「瀬戸物町」といった区域を統合して「室町一丁目」が誕生します。そして終戦後の京橋区との合併の際に「日本橋」の名前を残すという思いから「日本橋室町一丁目」となりました。
進行方向右側に「COREDO(コレド)室町」のビルが見えてきました。コレド室町の前後の敷地も再開発工事が行われています。三井不動産や野村不動産などによって実施されている「日本橋室町東地区開発」。5つの街区で高層ビルを建設する計画で現在は二つの高層ビルが完成しています。
日本橋室町は江戸時代の五街道の分岐点であった日本橋の北側に位置する町です。なので街道を通じて日本全国の産物や人々がここ室町に集まったと言われています。また室町は「魚市場発祥の地」としても有名で、築地に移転する前の魚市場がこの地にあったとされています。
コレド室町の南側の再開発工事現場「(仮称)室町東地区開発計画(1-5街区)」です。2013年12月までに地上17階地下4階、高さ80メートルの高層ビルが建設されます。
COREDO(コレド)室町が低層階の商業スペースとして入居している「室町東三井ビルディング」です。地下1階から地上4階までのフロアが「COREDO(コレド)室町」となっていて、飲食店など27店舗が展開しています。また「日本橋三井ホール」という1000席を持つ多目的ホールも作られています。
壁面に大きく「三井住友信託銀行」と書かれたビルが「三井本館」です。江戸時代の三越創業時の屋号であった越後屋の跡地に建てられています。現在の建物は1902年(明治35年)に竣工した旧三井本館が関東大震災で被災したために建替えられたもの1929年(昭和4年)です。
「室町二丁目交差点」。この界隈の中央通りも歩道がきれいに整備されていて歩きやすかったです。ただ一つ気になったのは放置自転車が歩道に多かったのが気になりました。銀座や京橋では一台も見かけなかったのですが、日本橋の区域では自転車を使う人が多いのでしょうか?
三井本館の北側には「三井新館(日本橋三井タワー)が建っています。日本橋周辺には高層ビルが今まで少なかったので周辺部から見上げるとかなり目立ちます。
この散策の最後は「日本橋室町野村ビル(YUITO)」です。2010年9月30日に近くにあるコレド室町と共に開業しました。地下1階から地上9階までが商業エリアである「YUITO(ユイト)」、地上10階から21階までがオフィスフロアとなっています。このビルの地下にある地下鉄銀座線三越前駅の入口に入って、この散策は終わりです。
地図の中心点は「室町二丁目交差点」です。三越百貨店やCOREDO室町があるのが「日本橋室町地区」ですが、日本銀行本店があるのは「日本橋本石町」地区です。