写真は共に倉敷駅
昭和40年代で 消えた風景
写真1 急行電車山陽 山陽新幹線の開通で急行は廃止される。
女性も冬場はパンタロンを履く人が増えた。
写真2 消えた特急電車485系電車 山陽新幹線開通で多くの特急列車は消えた。
485系 九州まで走るので交直両用の電車 ボンネットも老朽化で廃止
通路に荷物を置いてある。国鉄が手荷物の業務をやっていた。
写真は共に倉敷駅
昭和40年代で 消えた風景
写真1 急行電車山陽 山陽新幹線の開通で急行は廃止される。
女性も冬場はパンタロンを履く人が増えた。
写真2 消えた特急電車485系電車 山陽新幹線開通で多くの特急列車は消えた。
485系 九州まで走るので交直両用の電車 ボンネットも老朽化で廃止
通路に荷物を置いてある。国鉄が手荷物の業務をやっていた。
撮影場所 鳥取県日南町
日南町というので温かいのかと思うと鳥取県では南部だが中国山地にあり雪が多い。
山形県の南陽市も温かいのかと思うと山形の南部だが奥羽山脈を背後に持つ。
地名とイメージは大違い。
鶴瓶の家族に乾杯も20年を超えた中国山地の市町村も大体訪れたように思う。
日南町や島根県横田町、仁多町、三刀屋町も家族に乾杯に登場した。
自分が訪れ走ったところが出るのは見ていて楽しい。出川の充電バイクの旅も訪れた町が出ないかとよく見る。
小さな旅やブラタモリもその時は見て覚えているがすぐに忘れる。本当は番組で出てきた地名 放送日 放送内容の要旨とイタダキをExcelで記録しておけば忘れない。しかし、あと何年いきられるわからなくなると無駄な事もしなくなる。
鳥取県の茅葺民家もほとんど無くなった。ガソリンと時間を使い新規に訪れるのは無駄が多すぎる。
デジカメ全盛時代 インスタグラムに引き続き自分の奥さんをモデルにいろんな写真がSNSに投稿されている。
みんなうまく撮影している。シルエットであったり横顔だったりが多い。
若い他人の奥さんを老体が鼻の下を長くして見させてもらって元気をもらっている。
ツィターの「嫁グラフィティ」で検索ください。
今日の日本テレビ系列で朝方にやっていた。
しかしネットに写真がでればストーカーとか横恋慕や炎上する書き込みに発展しないかと心配だ。
結婚もできない男がやっかみ半分で書き込みしないか心配だ。
世の中には表があれば裏がある。聖があれば俗がある。タモリのよく言う言葉である。
嫁グラフィティーも裏ポルノ版もあるのだろうね。
離婚した後に旦那が腹いせに嫁のポルノ写真をネットに流すリベンジポルノが裁判沙汰のトラブルがある。
年寄りは絶対こんなサイトにはいかない地雷のようなウィルスやネット詐欺に引っ掛かる。
家内が大病した時に病院の先生が私も車椅子だし家内もいつ亡くなるか分からない。
子供の為に家庭の歴史をまとめなさいと言われた。しかし家内の写真が余りないし日記にも家内や家庭のことはほとんど書いていない。アカンタレ亭主である。
格調高く家庭の歴史を書いても子供はこんなんウソやんと嘲り笑う。結局なにもまとめてない。
亭主は武士の家計簿ではないが家を支え一家の出来事や家計を書き残す役割だったのだ。
撮影場所 兵庫県三田市
茅葺き民家を撮るのも桜の時期から新緑の頃の山が美しい。
山には山桜があるが咲いて初めてその存在を知る。
山桜も時期をずらして何種類も咲くピンクのかかったのから白色まである。
これが東北や北海道に行くと赤がつよく桃色からもっと赤い色まである。
河合玉堂の日本画を見ると桜はほとんどがが山桜である。
それほど染井吉野は植えてなかったのか横に広がり咲く染井吉野は好まれなかったのか。
山桜は他の木と共存してすらっと謙虚に生えている。桜は山全体に咲くのではなく山を彩るほのかな輝きでよかったのかと思う。
これから日々新緑から緑に色が変わる。この色合いがまた美しい。
自分で運転で出来たころはすぐにカメラを持って出掛けたが最近はほとんどなくなった。
撮影場所 岡山県倉敷駅
伯備線ホームに蒸気機関車 山陽線ホームに寝台特急きりしま
九州から一晩走って大阪まで走る。蒸気機関車と583系寝台特急が1分間ほど並ぶ。
ほとんど毎日のように顔合わせがある。九州からほとんど定刻にくる。
これもS50月3月の山陽新幹線の開通で姿を消した。
蒸気機関車の写真は撮っていても電車や電気機関車、気動車やディゼル機関車は余り撮っていない。
フィルムカメラの時は必要な物しか撮らない。
春には苦い味覚が多いように思う。
フキノトウ、山菜のタラの芽、野蒜、菜の花、からし菜、分葱、土筆つくし、新玉ねぎ、エシャロット(ラッキョの若い球根) 魚ではハエであろうか
苦味とゴボウが美味しく感じられると大人といわれていた。
若い女性の中にはコーヒーの苦さが苦手な人もいる。
食味には五味があるといわれている。
塩辛い、甘味、辛い、酸い、苦い 富山の半分から西では塩辛いも唐辛子の辛みも辛いという。関東などでは塩からいはしょっぱいと使いわける。
フキノトウは雪の多い東北や北海道と雪の降らない地域の物は品種が違う 雪のあるところは大型。苦みは小粒の温かい地方のものが断然苦い。東北や北海道ではフキはどこにでも生えている。我々のところではフキを取っていたら地域の人に文句を言われる。都市部から来て山菜を採ってからえると。フキノトウは成長すると花を付け綿毛を飛ばし子孫を増やす。フキは地下茎でも増える。
タラも少し苦味がある。我々のところは高切狭を持ち山に分け入る。毎年いっている人は場所を覚えているので取り合い。北海道の原野で蒸気機関車を撮っていたらタラの芽だらけ棘(とげ)が服に引っ掛かり往生した。タラの天ぷら好きにはたまらない場所だろう。
野蒜やラッキョを生で食べる人がいる。鹿児島の人は刻んでチリメンじゃこを入れみそ和えにして食べる。あれは焼酎で胃がマヒしてるのだろう。
3月になり水がぬるむとハエ釣りに行く。魚寄せの撒き餌をして餌や疑似餌で釣る。小さな魚で数釣れないと家族で食べるほどない。腹は苦いが病みつきになる味だ。
撮影場所 徳島県石井町
茅葺き民家の裏に回れば地蔵があった。
ブロック塀でなく生垣だったらもっと良かった。
地蔵があるには何らかの理由があろう。
そんな庶民の歴史は何も残っていない。
洪水で犠牲者がでた。疫病や飢餓、戦で戦死、争いや一揆の犠牲者、行き倒れの供養 弔いや再発防止や戒めで建てれたものだろう。
建てるにしても石屋に掘ってもらうのに金も掛かる。これを誰が負担したのか
日本各地には数多くの石仏や石碑が残る。地蔵や石碑には庶民の災害や争い苦悩の歴史が残されているように思う。
炊飯器でまた失敗
家内が炊飯器の内釜を洗い乾燥させているのに気づかず洗った米と水を炊飯器に入れる失敗を何度もやった。
最初の時はコンセントが差し込まれていて短絡する。炊飯器を買い替えた。新しい炊飯器になっても何度か失敗した。しかしドライヤーで乾燥させ何日か乾燥したら問題なく使えている。
分解して電気部品に水滴がついていないか確認したいとメ―カーに確認にしたらバイメタルの機能もあり分解したら保証はできないといわた。ネットで確認するとよくあるトラブルのようだ。ドライヤーで乾燥させると使えるところをみると失敗しても水は下に抜け電気部品にはバリアを付けて防止しているのか?
再度失敗しないためには内釜を洗うとすぐに布巾で拭き直ぐに炊飯器にセットする 後でというのは忘れの公約。炊飯器に注意表示をする。これを家内にいうと何もしないものがと怒り出す。
人の行動や操作には常にミスが付き物、忙しくダブル作業。電話や携帯、訪問者で中断。会話で夢中になり注意不足で起きる。
製品や設備にはうっかりミスを防ぐ機能がある。
ひとつはフールプルーフ(Fool proof) 馬鹿にも安全といわれている。
例として洗濯機は蓋を閉めないと脱水ができない。オートマ車はパーキングにしないとエンジ。
ンがかからない。電子レンジ加熱中に扉を開けると停止する。走行中にスライドドアは開かない
炊飯器もこれだけミスがあるのだから内釜を忘れても水は穴から抜け電気機器を濡らさない設計にしてほしいものだ。
もうひとつはフェイルセーフfail safe
人のミスやトラブル 災害にあっても暴走しないように安全に停止したり修復できる設備の事
電源のバックアップや非常用ディゼルエンジンなどいろいろあり
東電の福島第一原子力のメルトダウン事故 どこの原子力発電も二重三重のバックㇰアップがあり絶対に事故は起きないと説明があったが事故があったら現実はあんな脆弱なものとはしらなかった。電力会社の言うことに正しいとマスコミも国民も疑問を持たなかった。
福島第二原発もあと数時間電源復帰が遅れていたらメルトダウンしていた。女川原発も13メートル高い場所にありながら危険な状態が続く。
福島第一原発の一番の弱点は電気室や非常用をディゼル発電機が地下にあり発電所の建屋を越す大津波が発電所に浸水し地下の電気室やディゼル発電機に流れ込み運転中のディゼル発電機は浸水停止 電源を失う。電気室やディゼル発電機が海水を被るとどうしょうもない。
送電線も地震で転倒するしディゼルの燃料タンクも流される、地震津波対策が脆弱だった。。
電気室やディゼル発電機は15メートルの高さの窓のない堅牢な建屋に入れる事である。
撮影場所 京都市左京区広河原
茅葺き民家の近くで茅を干している。
民家の少ない田舎の風景のなかに茅葺民家は私にとって大変懐かしさを感じる。
感じ方は人それぞれである。こんな田舎くさい風景には興味もなく都会的にモダンな建物や店にしか興味がない人も多い。
京都市であるが中心部から二時間以上掛かりこんな土地にくる人は少ない。
ほとんどが明治、大正の茅葺民家が次の時代の令和までいくら引き継がれるのかが気がかりだ。
個人的にも行政も保存地区以外は保全が厳しくなっている。
日本列島も春本番である。どこへ行っても桜が見られレンギョウ、椿も花盛り
高速道路もインターチェンジやサービスエリアも土地があるので10本20本は桜がある。
沿道からも川沿いや公園にも桜はある。花見シーズンに日本の桜を見に来るツアーの人も多い。
昭和40年代になり生活が豊になり桜を植える余裕も出てきた頃の桜が観光資源になっている。
日本列島桜街道にするぐらい桜や花を植えたいものだ。
名古屋から金沢まで桜街道(名金線)にした運転手がいた。
40年-50年前に植えたものが今観光地になっている。しかし染井吉野は60年で痛みだすといわれている。絶えず植え続ける必要がある。
過疎地では人が減り寂しくなるので桜の時期だけでも明るくして花見客に来てもらうところもある。
日本など何の観光資源もないと思ったが神社の数8万 寺院の数7万 これが鎮守の森となっている。巨木に囲まれた幽玄さは長い歴史維持されてきた。
日本人は当たり前と思っていたものが優れた観光資源だつた。