ずいぶん間が空いてしまいました。
日々、あれこれイロイロあって…。
今日は、自分の日記をつけたい――ちょっと つぶやきながら心の中を整理したい感じかな。
母の介護認定の更新時期。役所から認定の方が見える。(もちろん筆談をお願いする)
その場にケアマネさんが「私も同席しましょうか?」と。
ちょっと考えて、こうお答えした。
「あの、、人が増えると、どうしても聴こえる方同士で話して、私は聴こえなくて分からないという状況に。そういうことが多いんですよね。。」
それで、ケアマネさんは同席しないことになった。
このこと、これで良かったのかな…とチョット気になってる。
私は聴こえないことを気にしすぎるのかな、って。
これまで、そういうことが何度もあって、心がゴチャゴチャした。
なので、この先もきっと、と思ってしまう。
けど、過去は過去。今後のことは、わからない。 そう認識してる。認識してるつもりだけど、、過去の数々が忘れられなくて、積み重なってしまってる。
NHKの『パパとしずかちゃん』、すっごく良かった。
町の人たちとの話し合いで、パパ(聴こえない)が町の人たちと話し合う様子は、通訳が居なくても、互いに気持ちがあれば通じ合える。そんなことをあの番組では言いたかったのでしょう。
う、うんー、、
ま、パパとは違って私は喋ることは出来るとか、状況は違うけど
あんな風には出来ないナ、わたしは。
聴こえなくてもナントカなった経験も多々ある。
また、「なんとなく、こういうようなことかな…」程度に分かってそれなりの反応を示し、その場はそれなりに収まった。ということも数知れない。
けど「あんな感じで良かったんだろうか…」と、チョット後に残ることも。
こんなこと書いたり考えたりしてると、生活していくことが しんどくなりがち。 生活するというのは、この社会の中で、人と触れ合ってやってくことだから。
人によっては「細かいこと、気~にしない~♪」とサバサバとやれちゃうみたいね。
はぁ、、この話、どう締めたら良いのかな。。