宇宙航空研究開発機構は、平成18年9月23日06時36分(日本標準時)に、内之浦宇宙空間観測所から第22号科学衛星(SOLAR-B)を搭載したM-Vロケット7号機(M-V-7号機)を、ランチャ設定上下角82.0度、方位角149.3度で打ち上げました。
(M-Vロケット7号機による第22号科学衛星(SOLAR-B)の打上げ実験結果について
平成18年9月23日 宇宙航空研究開発機構)
世界一の太陽観測衛星SOLAR-Bを乗せた、日本が誇る世界最大の固体燃料ロケットM-Vの最終運用となる7号機は、今朝6:36に内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、見事衛星を所定の軌道に乗せることに成功した。
文句なしの大成功だった。
有終の美を飾ったM-V-7は、ペンシルロケットから受け継がれた日本の固体燃料ロケットの系譜の集大成として宇宙へと旅立っていった。
筆者は内之浦の一般見学席でM-V-7の旅立ちを見送った。
熊本県から深夜の高速道路と国道を走り続けること4時間、野を越え山を越え午前1時過ぎに到着した内之浦はM-Vの最期の晴れ姿を見届けようという人々でごった返していた。
町内に1ヶ所だけ用意された一般見学席はすでに長蛇の列で、ベンチ席の数が足りず地べたにシートを敷いて座り込む羽目になったが、何とか直接肉眼でロケット整備塔を見ることが出来るポジションを確保できた。
あとはひたすら、夜明けの打ち上げの瞬間を待つ。待ち続ける。
ボーダフォン携帯電話の電波が届かないのでネットで公開されているM-V-7打ち上げ準備状況を確認する事も誰か友人に電話して状況を聞くこともできず、真っ暗な見学スペースの原っぱでシートに寝そべってただひたすら待つ!
それでも、見学スペース近くに設置された屋外スピーカーから現場での状況が逐一アナウンスされるので、今現在打ち上げ準備がどのように進捗しているかは大体分かった。
本当に現場での業務連絡をそのまま流しているらしいので、難解な専門用語ばかりの放送だったが、それがかえってマニア心を刺激して楽しい。いや、本当に意味分からないんで気分を楽しんでるだけなんだけど。
午前3時過ぎ頃、ランチャを旋回してロケットを整備塔から出すとの放送があり見学スペースにも緊張が走る。
ライトアップされたはるか3キロ彼方の整備塔から、真っ白なM-Vの頭胴部フェアリングが姿を現した。初めてこの目で見るM-V-7の姿。
その後、4時過ぎには上空の気流を測定する為と思われる「放球」が行われるが、放たれたらしいバルーンの姿は確認できず。
この頃は既に観測所全体が打ち上げに備えた「省電力モード」に移行中で、ライトアップがどんどん消されていたので暗くて見えなかったか?
またこの頃からポツリポツリと降り始めた雨が次第に本降りとなり、雨ざらしの見学スペースでは見学者がビニール袋やマットをかぶって凌ぐ始末。
固体ロケットエンジンの衝撃波対策でフェアリングにコルク素材を使用している関係でM-Vは雨に弱い。前回の8号機の打ち上げも、予定時刻20分前に降雨の為急遽打ち上げが中止され1日延期されている。
今回も、このままでは打ち上げ中止もやむなしか…と半ば覚悟しかけた頃、雨は上がり雲の切れ間から夜明けの光が差し始めた。
「よし!いける!!」
やがてすっかり夜も明け、打ち上げ予定時間直前までランチャ角度の微調整を指示する放送を流し続けていたスピーカーも静かになった。
時々、打ち上げ時間が刻一刻と近づいている事を告げる短いアナウンスが入り、その都度、見学スペースの緊張感と期待のボルテージが上がっていく。
夜通しの屋外での待機に消耗してしゃがみ込んだり寝そべったりしていた見学者達も、既に皆総立ちでM-V-7の屹立する「M台地」を見つめている。
…スピーカーからかすかに秒読みの声が聞こえる。音量が小さすぎてよく聞こえない。
「大きな音で流してくれたら皆でカウントダウンができるのに!」
やむを得ず、自宅を出る前に秒単位で合わせて持参した「SEIKO鉄道懐中時計」を横目で睨んで、心の中でカウントを刻む。
「午前6時35分50秒…55秒…5、4、3、2、1。…M-V-7リフトオフ!!」
無音の張り詰めた空間。
そして静かに、視界に光が広がった。
硬質の、力強くどこか優しいオレンジ色の光。
やがて光は突如急激に膨張し視野を眩ませる。
平成18年9月23日午前6時36分(日本標準時)、M-V-7は内之浦宇宙空間観測所のM台地から羽ばたいた。
M-Vは優雅に、とても滑らかにロケットランチャを離れ飛翔する。
「これが、日本の誇る固体燃料ロケットの飛翔か…」
僕の脳裏には、固体燃料ロケットの打ち上げはもっとゴツゴツしたワイルドなものだという先入観があったが、初めて直接自分の目で見るそれはあくまでも優雅で母性的な優しさまで感じる。
そうだ、M-Vはやさしいロケットなんだ。
丹精込めて産み出された繊細な探査機を、やさしく包み込んで宇宙へと無事に送り届ける、きっとそう願って創られたんだ…
「はるか」を、「のぞみ」を、「はやぶさ」を、「すざく」を、「あかり」を、そして「ひので」と名づけられることになる末っ子を無事に宇宙へと送り出したM-Vは、本当に世界最高の固体燃料ロケットだった。僕はその事実を、最後にこの目で見ることで確信することができた。
M-V-7は高度を上げるに従って飛行経路を南向きに変えて旋回する。
そして殆ど真横を向いた姿勢で南下するM-V-7は、地上で見送る人々に自分の姿をよく見てもらいたいかのように内之浦の上空を横切り、雲の中に消えていった。
その姿はまさに天空を往く船そのものだった。神々しかった。
とにかく…美しかった。
まるで幻想のように雲間に消えたM-V-7を追いかけて、いつまでもロケットエンジンの咆哮が空に鳴り響いていた。
それも、想像していた腹の底に響くような重低音の衝撃音響ではなく、空の上でオーケストラのティンパニが演奏しているようなこれまた実に優雅な低音なのだ。
その演奏も、やがて静かに雲のカーテンの向こうにフェードアウトしていった。
後には、空に一筋の噴煙だけが残った。
たった今、目の前で起きた出来事が幻想ではなく事実だった事を伝えるロケット雲も、風に流され空に溶けていった。
「…行ってしまった。」
急に全身の力が抜けて、ぐったりしてしまった。
そして、言いようのない寂しさが残った。
「もう会えないんだ…」
JAXAはSOLAR-Bの打上げをもってM-Vロケットの運用を終了し、低コストの小型固体燃料ロケットを新たに開発するとしている(今後のM-Vロケット等について 平成18年7月26日 宇宙航空研究開発機構)。
今のところ、M-Vの後を継ぐ新型ロケットは液体燃料ロケットH2-Aの固体ブースターとM-Vの2段目ロケットを組み合わせる案などがあるとされるが、本来の使い方と異なる目的で全く系統の違うロケットを組み合わせる結果、著しく性能が落ちることが指摘されており、ハッキリ言って「何で世界最高のM-Vロケットを棄てて中途半端な継ぎ接ぎロケットを造らないといけないの?」という疑問と不満が関係各方面から出ている。
M-Vロケットはその高性能と安定した運用実績を捨てて、非常に不条理なかたちで日本の空から消えた。
いつの日かまた、「Mの称号」を受け継いだ素晴らしいロケットが内之浦のM台地に甦る日は来るのだろうか。その日が来なければ、日本の宇宙探査の系譜そのものが廃れて永久に失われてしまう結果になるように思われて仕方がないのだが…
「また会いたいよ、M-V…!」
(M-Vロケット7号機による第22号科学衛星(SOLAR-B)の打上げ実験結果について
平成18年9月23日 宇宙航空研究開発機構)
世界一の太陽観測衛星SOLAR-Bを乗せた、日本が誇る世界最大の固体燃料ロケットM-Vの最終運用となる7号機は、今朝6:36に内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、見事衛星を所定の軌道に乗せることに成功した。
文句なしの大成功だった。
有終の美を飾ったM-V-7は、ペンシルロケットから受け継がれた日本の固体燃料ロケットの系譜の集大成として宇宙へと旅立っていった。
筆者は内之浦の一般見学席でM-V-7の旅立ちを見送った。
熊本県から深夜の高速道路と国道を走り続けること4時間、野を越え山を越え午前1時過ぎに到着した内之浦はM-Vの最期の晴れ姿を見届けようという人々でごった返していた。
町内に1ヶ所だけ用意された一般見学席はすでに長蛇の列で、ベンチ席の数が足りず地べたにシートを敷いて座り込む羽目になったが、何とか直接肉眼でロケット整備塔を見ることが出来るポジションを確保できた。
あとはひたすら、夜明けの打ち上げの瞬間を待つ。待ち続ける。
ボーダフォン携帯電話の電波が届かないのでネットで公開されているM-V-7打ち上げ準備状況を確認する事も誰か友人に電話して状況を聞くこともできず、真っ暗な見学スペースの原っぱでシートに寝そべってただひたすら待つ!
それでも、見学スペース近くに設置された屋外スピーカーから現場での状況が逐一アナウンスされるので、今現在打ち上げ準備がどのように進捗しているかは大体分かった。
本当に現場での業務連絡をそのまま流しているらしいので、難解な専門用語ばかりの放送だったが、それがかえってマニア心を刺激して楽しい。いや、本当に意味分からないんで気分を楽しんでるだけなんだけど。
午前3時過ぎ頃、ランチャを旋回してロケットを整備塔から出すとの放送があり見学スペースにも緊張が走る。
ライトアップされたはるか3キロ彼方の整備塔から、真っ白なM-Vの頭胴部フェアリングが姿を現した。初めてこの目で見るM-V-7の姿。
その後、4時過ぎには上空の気流を測定する為と思われる「放球」が行われるが、放たれたらしいバルーンの姿は確認できず。
この頃は既に観測所全体が打ち上げに備えた「省電力モード」に移行中で、ライトアップがどんどん消されていたので暗くて見えなかったか?
またこの頃からポツリポツリと降り始めた雨が次第に本降りとなり、雨ざらしの見学スペースでは見学者がビニール袋やマットをかぶって凌ぐ始末。
固体ロケットエンジンの衝撃波対策でフェアリングにコルク素材を使用している関係でM-Vは雨に弱い。前回の8号機の打ち上げも、予定時刻20分前に降雨の為急遽打ち上げが中止され1日延期されている。
今回も、このままでは打ち上げ中止もやむなしか…と半ば覚悟しかけた頃、雨は上がり雲の切れ間から夜明けの光が差し始めた。
「よし!いける!!」
やがてすっかり夜も明け、打ち上げ予定時間直前までランチャ角度の微調整を指示する放送を流し続けていたスピーカーも静かになった。
時々、打ち上げ時間が刻一刻と近づいている事を告げる短いアナウンスが入り、その都度、見学スペースの緊張感と期待のボルテージが上がっていく。
夜通しの屋外での待機に消耗してしゃがみ込んだり寝そべったりしていた見学者達も、既に皆総立ちでM-V-7の屹立する「M台地」を見つめている。
…スピーカーからかすかに秒読みの声が聞こえる。音量が小さすぎてよく聞こえない。
「大きな音で流してくれたら皆でカウントダウンができるのに!」
やむを得ず、自宅を出る前に秒単位で合わせて持参した「SEIKO鉄道懐中時計」を横目で睨んで、心の中でカウントを刻む。
「午前6時35分50秒…55秒…5、4、3、2、1。…M-V-7リフトオフ!!」
無音の張り詰めた空間。
そして静かに、視界に光が広がった。
硬質の、力強くどこか優しいオレンジ色の光。
やがて光は突如急激に膨張し視野を眩ませる。
平成18年9月23日午前6時36分(日本標準時)、M-V-7は内之浦宇宙空間観測所のM台地から羽ばたいた。
M-Vは優雅に、とても滑らかにロケットランチャを離れ飛翔する。
「これが、日本の誇る固体燃料ロケットの飛翔か…」
僕の脳裏には、固体燃料ロケットの打ち上げはもっとゴツゴツしたワイルドなものだという先入観があったが、初めて直接自分の目で見るそれはあくまでも優雅で母性的な優しさまで感じる。
そうだ、M-Vはやさしいロケットなんだ。
丹精込めて産み出された繊細な探査機を、やさしく包み込んで宇宙へと無事に送り届ける、きっとそう願って創られたんだ…
「はるか」を、「のぞみ」を、「はやぶさ」を、「すざく」を、「あかり」を、そして「ひので」と名づけられることになる末っ子を無事に宇宙へと送り出したM-Vは、本当に世界最高の固体燃料ロケットだった。僕はその事実を、最後にこの目で見ることで確信することができた。
M-V-7は高度を上げるに従って飛行経路を南向きに変えて旋回する。
そして殆ど真横を向いた姿勢で南下するM-V-7は、地上で見送る人々に自分の姿をよく見てもらいたいかのように内之浦の上空を横切り、雲の中に消えていった。
その姿はまさに天空を往く船そのものだった。神々しかった。
とにかく…美しかった。
まるで幻想のように雲間に消えたM-V-7を追いかけて、いつまでもロケットエンジンの咆哮が空に鳴り響いていた。
それも、想像していた腹の底に響くような重低音の衝撃音響ではなく、空の上でオーケストラのティンパニが演奏しているようなこれまた実に優雅な低音なのだ。
その演奏も、やがて静かに雲のカーテンの向こうにフェードアウトしていった。
後には、空に一筋の噴煙だけが残った。
たった今、目の前で起きた出来事が幻想ではなく事実だった事を伝えるロケット雲も、風に流され空に溶けていった。
「…行ってしまった。」
急に全身の力が抜けて、ぐったりしてしまった。
そして、言いようのない寂しさが残った。
「もう会えないんだ…」
JAXAはSOLAR-Bの打上げをもってM-Vロケットの運用を終了し、低コストの小型固体燃料ロケットを新たに開発するとしている(今後のM-Vロケット等について 平成18年7月26日 宇宙航空研究開発機構)。
今のところ、M-Vの後を継ぐ新型ロケットは液体燃料ロケットH2-Aの固体ブースターとM-Vの2段目ロケットを組み合わせる案などがあるとされるが、本来の使い方と異なる目的で全く系統の違うロケットを組み合わせる結果、著しく性能が落ちることが指摘されており、ハッキリ言って「何で世界最高のM-Vロケットを棄てて中途半端な継ぎ接ぎロケットを造らないといけないの?」という疑問と不満が関係各方面から出ている。
M-Vロケットはその高性能と安定した運用実績を捨てて、非常に不条理なかたちで日本の空から消えた。
いつの日かまた、「Mの称号」を受け継いだ素晴らしいロケットが内之浦のM台地に甦る日は来るのだろうか。その日が来なければ、日本の宇宙探査の系譜そのものが廃れて永久に失われてしまう結果になるように思われて仕方がないのだが…
「また会いたいよ、M-V…!」