今日は、阪神淡路大震災から二十五年の日。
アートカフェでの村上信夫さんのトークライブは国際的ギタリストの村治佳織さんで、村治さんの演奏や人生のお話の他に、
阪神淡路大震災のその日のお話や、母親を失った少年の詩を村上さんが朗読し村治さんが即興演奏するコーナーもありました。
1995年1月17日、当時高校生ですでに売れっ子だった村治さんは、夜のテレビ朝日の番組に出演する予定でしたが、テレビ画面にかじりつくことになります。
村上さんは、当時有働由美子アナウンサーとともに「おはよう日本」のキャスターを務めていました。震源地付近では地震計が壊れ、正確な情報が入って来ず、ディレクターや記者たちの怒号が飛び交う中、スタジオで必死に情報を伝え続けたそうですが、その中で感じたのは、被災地の人々の助けにならないという無力感だったと言います。
村上さんの詩の朗読と村治さんの演奏、「花は咲く」も含め、心に沁みました。
もちろん笑いもたっぷり。
村治さんの演奏も、アンコールの『禁じられた遊び』まで、十曲も堪能でき、素敵なひとときでした。
私は、二十五年前のこの日、テレビで震災の様子を見ながら呆然としている中、NHK山形のキャスター採用連絡を受けました。今もなお「伝える」ことの責任や難しさを感じていますが、今日お二人が仰っていたように、「命があって、こうして毎日やりたいことができて、多くの人に関われていることに、ありがとう」だなと思います。
アートカフェでの村上信夫さんのトークライブは国際的ギタリストの村治佳織さんで、村治さんの演奏や人生のお話の他に、
阪神淡路大震災のその日のお話や、母親を失った少年の詩を村上さんが朗読し村治さんが即興演奏するコーナーもありました。
1995年1月17日、当時高校生ですでに売れっ子だった村治さんは、夜のテレビ朝日の番組に出演する予定でしたが、テレビ画面にかじりつくことになります。
村上さんは、当時有働由美子アナウンサーとともに「おはよう日本」のキャスターを務めていました。震源地付近では地震計が壊れ、正確な情報が入って来ず、ディレクターや記者たちの怒号が飛び交う中、スタジオで必死に情報を伝え続けたそうですが、その中で感じたのは、被災地の人々の助けにならないという無力感だったと言います。
村上さんの詩の朗読と村治さんの演奏、「花は咲く」も含め、心に沁みました。
もちろん笑いもたっぷり。
村治さんの演奏も、アンコールの『禁じられた遊び』まで、十曲も堪能でき、素敵なひとときでした。
私は、二十五年前のこの日、テレビで震災の様子を見ながら呆然としている中、NHK山形のキャスター採用連絡を受けました。今もなお「伝える」ことの責任や難しさを感じていますが、今日お二人が仰っていたように、「命があって、こうして毎日やりたいことができて、多くの人に関われていることに、ありがとう」だなと思います。