akikoの「活動」徒然記

活動弁士佐々木亜希子の身の周りの出来事やふと感じたこと

長野公演から帰って

2005-10-31 | 活弁
長野県富士見町御射山神戸(みさやまごうど)での活弁公演を終え、昨日は主催の小林さん宅(新築の庵)で、おいしい自然の恵みをたくさんいただいて、今日帰ってきました。

今回の公演は、町議会議員の小林市子さんが、地域の方々に活弁上映会を楽しんでほしいと企画して下さいました。
公民館に、じゅうたんをひいて、子どもさんからおじいちゃんおばあちゃんまで、
朝早くからの収穫祭で疲れていたのではと思いきや、よく笑っていて、楽しい会でした。

御射山神戸区は、昔から諏訪大社の分社御射山社を祀り、守ってきた地域。
現在区長のだんなさまと市子さんにはすっかりお世話になりました。
http://homepage3.nifty.com/slowlife/

詳しくはまた
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「庄内米のCM」ソング

2005-10-29 | 酒田・庄内・山形
庄内米のCMが今あるのかないのか、よくわかりませんが、子どもの頃、私はまじめに「大好きな庄内のお米を全国にPRする」ためのCMを考えておりました。
お米が好きだった、というよりは、あの田園風景を心から愛しておりました。もちろん、今でも愛しておりますが。

四季折々、色を変える田んぼの畦道を、私は毎日歌を歌いながら「上田小学校」に通いました。
小学1年の頃から曲を作り始め、たくさん作った歌の中に、小4か小5の頃でしたか、なんと「庄内米のCM」を想定して作った曲があります。
さらさらと風になびく黄金の稲穂の海、そこで「はんこたんな」をつけた(つけてなくてもいいですが)農家の人たちが汗を流して稲刈りしている。
鳥海山を仰ぐ壮大な庄内平野のロングから、輝く稲穂、農家の方たちの働く姿、真剣な顔のアップ…などと、子どもながらに映像をイメージし、2バージョンのCMのために、と歌は30秒で、2番までありました…。

私は、前に書いたとおり、「ものが捨てられない」人なので、自作の歌の数々を書き綴った、少女コミック「なかよし」の付録のノートが今も手元にあります。庄内米のCMソングも、今でもなかなかのお気に入りです。
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そして、庄内米のPR

2005-10-28 | 酒田・庄内・山形
長野のお米がおいしいと言って、うちの地元のおいしいお米をPRしないのはやはり気がひけるので、今日は僭越ながら庄内米の宣伝を。

庄内のお米、食べたことありますか?
おいしいんです。庄内米。宣伝も、営業も今一つで、都内ではなかなかみつけられませんけど。

宣伝下手な庄内のお米は、新潟と秋田に押され、現在売り上げも知名度も厳しい状態ですが、昔から庄内は穀倉地帯として有名なところです。山形県の西側、日本海側の庄内平野は、鳥海山系からの豊かなおいしい水、気候に恵まれ、良質の米を生産し続けてきました。社会科の教科書にも載っていますし、日本最古の木造の米蔵、今だ現役の「山居倉庫」は皆さん御存じだと思います。

十数年前までは「ササニシキ」が主流だったのですが、現在はもっと冷害や虫に強い「はえぬき」という品種が庄内米の主流になっています。

私は「庄内米ササニシキ」全盛の頃に育ちました。私が子どもの頃、父が経済連の自主流通課で庄内米を全国に売っていた頃は、多分一番いい頃だったのだと思います。「ササニシキ」は新潟産コシヒカリと並ぶ人気銘柄で、私が大学の頃に(すでに秋田こまちなどに押され始めていましたが)ある雑誌の「おいしいお米、東西南北」(?)てな特集で「庄内米ササニシキ」が横綱に輝いたのが最後の喜ばしい記憶でした。

私は穀倉地帯のどまんなか「上田(うえだ)」という地区に育っていますが、なんでも上質の田んぼだったことが名前の由来だとか。
そんなわけで、今現在も庄内米(ことにササニシキ)に対しては勝手な愛着があるのであります。


現在の住まいの近くにけっこう懐かしい雰囲気の米屋さんがあります。「米は庄内 丸藤」という看板が付いていて、私はひそかに「酒田出身の方がやっている店に違いない」と期待しておりました(丸藤という名字も酒田にわりといるのです)。
そして、田舎から送ってくる米が切れた時に、ここぞとばかり買いに走りました。ところが。

置いていないのです。庄内米。宮城福島新潟秋田。他の地域の米ばかりなのです。
愕然としました。「昔はねえ、庄内米がおいしい!と思って積極的に取り引きしてたんだけど、今はねぇ…」と店主。「最近は、山形県産は、内陸の方が上というんで、そっちしか置いてないねえ」
オー、米、ゴッド!!
福島や山形の、内陸の、盆地のお米に、庄内平野のお米が負けるなんて~!!
ありえないっ。ううう。事実、もう数年前から特Aとかなんとかの品質検査で山形のお米より格下になっていたのは知っているのだが、それとて、「なんでよ!庄内米、がんばりなさいよ!」と信じたくない気持ち先行でありました。
その日、しかたなく他の地域の米を買った私ですが、「なんでえ、こんなのおいしくないやい!」ほとんど小津作品の、突貫小僧か菅原秀夫状態…(今思えばあのまずさ、炊飯ジャーにも問題があったかもしれないのだが)。

ああ、皆さんにとっては本当にどうでもいい話…。
でも、私のショックは大きかった。
私の嘆きに、地元、上田で愛するお米を大事に作っている同級生Kくんが、
「やっぱりの~、みんなだ今は兼業農家で、専業農家、ほんとで少ねぐなたがらの…。専業の人だぢは皆高齢化だろ…。手間ひまかげで作らいる、若い農家がながなが育たねなやの…」
う~ん。やはりこれは日本の農業の危機。農業といえども、ものづくりだから、実直に、良質の農産物を作る腕がもっとも大事なんだけど、今の農家は作るだけじゃなくて、経営感覚や商売の感覚が少なからず必要とされるのだからたいへん。
おいしいお米を作りつつ、販売ルートや宣伝方法を、自分達でも探っていかなくちゃいけない。
Kくんはでも、希望に燃えている。いつか「上田のうまい米」を、ブランド化して流通させる、と。よぉし、がんばれ~!! ×5

そして皆様、庄内米、お引き立てのほどどうぞ宜しく。

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また電車で

2005-10-27 | 活弁
今日は、電車で、また奇遇な出会いがあった。

向かいに座ったかわいい女の子に見覚えがあるな…と思ったら、
ピースボート49回クルーズで私の活弁ワークショップに参加してくれた女性だった。

「あ…佐々木さん!」
「あら…元気~?」

東大の院生である彼女は、今年の夏、夏休みなどを利用して、ピースボートのCC(コミュニケーションコーディネーター)いってみれば通訳スタッフとして、世界一周したのだった。
クレバーで、謙虚で、明るく積極的な彼女との下車までの会話が、とても嬉しかった。

「しばらくは浦島太郎状態で、朝一の授業も辛かったです~。もう慣れましたけど」
100日間も洋上にいて、世界の国々を周り、誰にとがめられることのない生活をしていたら、東京に戻って浦島太郎気分になるのは無理もない。

でも、彼女を含め、私の周りの若いピースボート経験者は皆、またいつか違った形で乗りたい、というし、少なからず自分の意識に革命が起こった、という。
ちょうど一年前に初めて乗船した私にとっても、そうだった。

それにしても、偶然てごろごろしているものだ。
彼女は、今ちょうど、私の住んでいる界隈に引っ越そうと計画中なのだと言った。

こうして、偶然に見える必然に導かれて、人生ができているのかもね



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炊きたての新米

2005-10-25 | Weblog
炊きたての新米がうまい。

といっても、うちの故郷の庄内米じゃないので多少気がひけるが、
先日仕事帰りに打ち合わせに寄った長野でいただいたものである。

富士見町会議員小林市子さんのお宅で、有機栽培し、自宅で精米したというお米。
おいしいお米は、お米だけ味わっても十分うまい。
http://homepage3.nifty.com/slowlife/slowlife29.htm

今度の日曜日には活弁の上映会でお世話になりますが、彼女の地域活動は本当に尊敬に値します。
果樹園や棚田のある里山に、母屋の他に新築のロッジ風の別棟。
囲炉裏があって、みなさんで団らんしたり、二階の木の二段ベットに宿泊もできる。
そのうちゆっくり御紹介できる機会があればと思います。

そうそう、最近おいしく炊けなくなった、と感じていた炊飯ジャーを捨てることにしました。
鍋で炊いたほうがおいしく炊けるようで。

そろそろ圧力鍋を買おうかな

追記
岡山国体少年男子卓球、山形は千葉に負けました。お疲れさまでした..
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ものが捨てられない

2005-10-24 | Weblog
そう。私はものが捨てられない。昔から、捨てるのが本当に下手な人間である。

昔から、母親にこんなもの溜め込んで、とよく怒られた。
他人から見ればただのガラクタでも、ただの貝殻や石ころでも、本人にとっては想像力を掻き立てる魔法の石だったり、したわけである。

思い出の品ー自分が足を運んだ芝居や映画、催しのチケットやパンフはもちろん、
仕事の資料一式(もう使うことはないであろうものも含め)
面白いと思った記事、チラシ、本、ビデオ、雑誌等…、

どんどん荷物が増えていく。
特に贈り物は、たとえ自分が使わなくても、手放すことに非常に罪悪感を感じてしまってなかなかできない。

よくこれで、何度も引っ越しをしているものだと思う。
思い返してみると、生れてから、13回もの引っ越しをしているのである!

引っ越す時は、前の部屋より広い部屋になる、のは必然なのだが、その部屋にもどんどん本やものが増えていく…。
古本屋などに立ち寄って、興味のある本や、明治~昭和初期の文化、芸術、風俗に関する本などを見ると、思わず買ってしまうのだから、しょうがない。


先日。
たまたま、ベストセラー「捨てる技術」の著者辰己渚さんのトークショーに行く機会があった。
だいたい、「必要なモノ」は最初から捨てるかどうかの選択肢に入れられることはない。
「不必要なもの」はゴミとしてさっさと捨てられる。
「必要になるかもしれないモノ」「捨てるに偲びない、気がするモノ」、このグレーゾーンのモノたちが、部屋の多くを占拠していたりするわけでやっかいなのであるが、
実際、これらのモノはほとんど必要にされることなく場所をとっているもので、捨てて後悔することはほとんどないのだと彼女はいう。

彼女曰く、
「自分が必要でなくとも他人にとって有用なものは、あげたり、リサイクルしたりすればいいし、誰にも必要にされないものは思いきって捨てる。
その捨てる時の「痛み」を知ると、逆に本当に「モノを大切にする」ことができるようになる。
大事にできないものを買ったりもらったりすることは、そのものに対しても申し訳ないこと」
これはすべてのことに通じている。

すべてを抱え込むことがものを大切にすることではない。
必要なもの不必要なものを取捨選択することで、選択したものを大事にしていける。
そう、思う。

そして、とってもインパクトがあったのは、
「古いものを捨てなければ、新しいものは入ってこない」という風水からの言葉。
スペースが、キャパシティが、限られているのだから、これはもっともである。

目に見えるモノも、見えないモノも。
時間も、頭の中、心の中、人間関係も、もしかしたら多分にその傾向があるのかもしれない。

当たり前だけど、どれも難しい…。


ちなみに、彼女は、本の執筆をしながら、マーケティングの仕事もこなし、二人の子育て、家事も行うスーパーウーマン。

日本画家の旦那様と子どもさんと一緒に、今年の夏のフィルムセンターでの活弁公演に来てくれていたと聞き、びっくり。
旦那様が6月の茅ヶ崎館公演に来てくれたのがきっかけだったらしく、「ぜひ子どもにも見せたい」と。これは光栄の一言だった。


…こんなことを書いているのも、
「思いきって必要ないものは捨てよう!」と思い立ったはいいけれど、行き詰まったからに他ならない。
彼女の境地に達するのは、いつのことやら。
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岡山国体初日結果。

2005-10-23 | FAMILY
佐々木家は卓球一家でありまして、高校時代に蹴球部へと寝返った私を除けば、皆、今も現役で選手なり指導員なりを続け、そこそこの成績を残しております。
父と母も、先日、混合ダブルスシニアの部とかで賞状、メダルをもらってきておりました。

弟より、今日の岡山国体結果報告。
「今日は一回戦、長崎戦でした。結果は3―1で勝ちました。
渡邉3―1中尾
土井2ー3笠井
土井高橋3ー1中尾古川
渡邉3ー2笠井
でした。
明日は2回戦千葉戦です。また頑張ります。」

土井、高橋、渡邊といわれても私は全然面識がないのだが、弟が率いる山形代表チームなのだから、奮闘してもらわねばならない。
こうして東京からでも応援できるのは嬉しいのである。


今日は岡山から
「弟さんが今いる卓球の会場は総社、倉敷の隣(北側)の町ですね。古墳や、国分寺、吉備津神社、最上稲荷などがあり落ち着いた町です」
というメールが届き、近々岡山へ行く私は、期待倍増。
公演後に少しゆっくり散策するのが楽しみです。
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酒田東高校東京亀城会

2005-10-22 | FAMILY
理事会。

私も似合わないながら、一応学年幹事という大役を仰せつかっている。

どこの同窓会もそうだが、年輩の方々ほど同期や同窓の仲間とのつきあいを大事にしているもので、会の高齢化は否めない。
しかし、愛校心はどの世代も一緒。
私たちくらいの若い世代も積極的に関わり、東京にいながらも出身校の縦横の繋がりを大事にしていきたいものである。
それぞれ自分の事で精一杯の時代でなかなかたいへんですけどね。


同校の後輩でもある弟君からメールが入る。
岡山国体総合開会式を終えて。

「寒くて辛かったよ~でも、天皇皇后両陛下、森末慎二、有森裕子などがおれに手を振ってくれた””ので、まあ良しとしよう。」

…おめでたい。卓球少年男子(高校生)チーム監督、明日からの試合頑張れよ!
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環境と文化を大切に『活弁シネマLIVE@OTEMACHI CAFE』

2005-10-20 | 活弁
すろ~しねま『活弁シネマLIVE@OTEMACHI CAFE』の詳細がUPしました。
http://www.slowcinema.com/pc/051126.html

11月26日(土)17:30受付 18:00スタート (20:30終了予定)
大手町のOTEMACHI CAFE、かなり気持ちのイイ素敵な空間です。

今回、このイベントは、「丸の内元気文化プロジェクト」として、
大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会と文部科学省に後援いただいています。
文化は街の社会力を高める、というもの。

そして、地域通貨アースデーマネーを使うことで、間接的に入場料の中から動物の森の植林活動に寄付をしていくという、自然保護、地球温暖化対策に配慮したイベントになっています。

無声映画を生の語りと音楽付きで、きれいな空間で楽しんでいただいて、おいしい食事を召し上がっていただいて、くつろいでいただいて、環境保護にもほんのちょっと貢献していただける。
とても嬉しいプロジェクトです。
気持ちのよい時間を過ごしていただけるようにと思っていますし、喜んで集って下さる方がどんどん増えて下さることを心から願っています。


さて、ここで。
友人から案内が来たかわいい動物ものの番組宣伝を二つほど。

NHK山形放送局時代の同僚の柳澤カメラマンが提案、撮影した番組、第3作のハイビジョン特集「ツキノワグマ」が本日20時からの放送です。
ハイビジョンのみの放送なのですが観られる方はぜひ見てください。
(そのうち総合でも放送すると思いますけどね)


もう一つは、ピースボートで水先案内人としてご一緒した写真家藤原幸一さんが
番組ナビゲーターを務める「動物惑星」。毎週金曜日夜
http://www.ntv.co.jp/wakusei/


彼等の動物や植物を見つめる目は優しく温かく、ムービーもスチールもとても美しい。
感動的です。
敬意を込めて。
ぜひ多くの方、御覧下さいませ。

あ、『活弁シネマLIVE@OTEMACHI CAFE』もどうぞよろしく。
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足のメンテナンス駆け込み寺。

2005-10-19 | Weblog
母ほども年の離れた友人(といったらおこがましいが)の彼女は、腕のいいフスフレーガ-。
ドイツ式のフットケアの免許を持ち、足の魚の目やタコの治療もやってくれる。

足の裏が泣きそうに痛くて歩くのがとても辛かった時に、彼女の魔法の手に助けられ、
以来、彼女のファンである。

高いヒールなどを履いて歩き回り、一部に負担がかかって辛い思いをしている女性にお薦め。
爪のお手入れから角質の除去、ウオの目、タコの治療、マッサージまで、
足のメンテナンス駆け込み寺。銀座ワシントンのフットケアサロンです。


今日は、電車に乗っていて、つり革につかまりながら中づりを見ていたら、
突然、隣に立っているかわいい女性に声をかけられた。
「活弁士の方ですよね…?」

ドキ。「はい、そうです☆」
「私、公演、観にいきました」

「まあ…!ありがとうございます」

続けて彼女が
「先週、豊田さんのトークショーにいらしてましたよね?」
ドキ。「あ、はい☆」
「遠くから、あ、佐々木さんがいらしてる…と思ってたんですけど」
「まあ…!」

そこで私は下車。お互い「それじゃ、また」

あんまりアホ面して中づりを見ていちゃいけないなあ、と反省。

それにしても、
縁のある人とは、いろんな場面で何度も出会わされたり、幾重にも繋がっていたりするものなんですよね…。
と、最近ちょくちょく感じさせられている私です。

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第二回「茅ヶ崎館」公演を終え

2005-10-17 | 活弁
第二回「茅ヶ崎館」公演を終え、帰ってきました。

午後4時から、広間で「東京の合唱」を御覧いただき、
上演後セッティングをし直して季節料理を食べながらの歓談。

あいにくの天気にもかかわらず、遠路足をお運び頂いた方々、御近所から自転車で参加の方まで、皆様ありがとうございました。

前回は元東宝の方がいらして下さっていましたが、今回は、松竹で長年照明を務めていらした方、おじいさまが昔映画館経営をしていて小さい頃から活弁をたくさん観ていたという方など、私自身も貴重なお話を伺うことができて、嬉しいひとときでした。

小津作品の話、活弁の話にあちらこちらで花が咲き、一つの上映会場で初めて知り合った者どおしで盛り上がる。上演後に歓談の時間があるというのは、楽しいものです。
全員とお話したかったのですが、御挨拶できなかった方には失礼をいたしました。

そういえば一人だけ、上映時間になっても現れない知己の御大がいて、作品中の遅刻常習犯の学生に彼の名前を授けて待っていたのですが…
バイクで向かっていたと聞いたけど、どこかでコケたか?心配。
先に来ていた連れだけが、登場人物の命名にひそかに爆笑していた様子。

それにしても、一度観た方が他の友人たちを連れてまた観に来てくれるということ、
また同じ作品を何度も観に来て下さる方々がいることも、本当に嬉しいですし、有り難い事と思います。


何はともあれ、本日はありがとうございました。
ますます喜んでいただけるよう精進しつつ、
また皆様にお会いできる日を楽しみにしております。

茅ヶ崎館の皆様にも厚く御礼申し上げます。
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「子どもたちが生きる世界はいま」

2005-10-15 | Weblog
2日前になるが、ピースボート49回クルーズで水先案内人としてご一緒だったフォトジャーナリスト、豊田直巳さんのトークショーに行った。

豊田さんは、世界中のいわゆる戦地、紛争地、被災地に生きる人々を取材し、フォト・ルポルタージュを記している。

イラク、アフガニスタン、パレスチナ、アチェ…。
彼の記した「子どもたちが生きる世界はいま」(七つ森書館)には、世界各地の子供たちの笑顔と苦悩と彼等の思い、そして平和への切なる願いが顕われている。

「正義の戦争」の下、多くの無抵抗な市民が殺されていく。
戦争が終わっても、彼等の戦争は終わらない。
親を失い、体の一部を失っても、残された子どもたちは生きるために必死である。
大人も、子どもを失い、友を失い、希望を失っても、生きなければならない。

その彼等を、戦争兵器による化学物質や残留放射能汚染が容赦なく襲う。
イラクでは、劣化ウラン弾によるものとみられる異常な病気、感染症、奇形児の出生などが多発し、産科小児科病院には苦しむ子供たちが溢れているという。
カンボジアの地雷も、たくさんの被災者と危険を残したままだ。

豊田さんは、現地で紛争の犠牲になっている市民たちをその目で見、カメラで切り取ってきたものを媒介に真実を伝えながら、現状と問題を把握してほしいと訴える。

トークショーの会場で、「私達に何ができるでしょうか」という質問が出た。
私自身にも問いかける。
実際、かけ離れた世界で起きている、自分には関係のないこととも言える。

でも、同じ一つの地球上に起こっていることである。
同じ人間の上に降り掛かっている人間による災害である。

暴力は相手の暴力を誘発し、戦争は戦争を生んでいく。
戦争が悲惨で不幸なことくらい、誰だってわかる。

戦争を引き起こさないよう、紛争を平和的に解決できるよう、国際世論が高まらなければならないし、私達はもっと国連や国際司法の力をつけていくべきである。

「正義のための戦争」「内紛の鎮圧」などという大義名分の下で、一部の人間たちの欲や利益や感情のために多くの人間が死んで行くことも、決してあってはいけないし、許してはならない。

人は、差異を認め、わかりあえる。
民族も。国家も。
また、痛みや哀しみを忘れることもできる。
嫌なら一線をひき、干渉しあわず、お互いの平和を保つこともできる。

恨みに生きて幸せな者などないはず。
許すまでには時間がかかるかもしれない。
でも、過去の過ちをくり返さないために、過去になったからこそお互いの過ちを認めあえることもある。

日本も、他国に対して、侵略戦争をした歴史がある。
加害者であり、被害者でもある、のは、戦争に加担したほとんどの国にいえること。

明日活弁上演する「東京の合唱」は昭和6年、満州事変勃発の年の作品である。
当時の市民の小さな幸せや悲哀を描いたこの頃の現代劇を上演する時は、常に、
現代にも通じるテーマの、良質な作品を見てもらえることに喜びを感じると同時に、
その後戦争へと突入していくこの時代を思い、せつなくなる。

すべての国が、すべての国と、友好関係を保てる時がきてほしい。
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たいへんだもんだの~

2005-10-14 | FAMILY
一昨日は家族でずいぶん飲んだ。

たまたま山形から国体の壮行会とかで酒田に来た弟。
たまたまCMの仕事で帰った私。父、母、マネージャーさん。

ダイエット酒断ち中の弟も、話に花が咲けば、ビールに手が伸び、
ジュース→ビール→ジュース→ビール→中国酒→ビール、食欲増進、菓子にまで手が出る。

父の体育指導委員功労者文部科学大臣表賞に祝電やお祝のはがきがたくさん来ていて、
感激ひとしお、家族でねぎらいの乾杯。

母「あたしだば、あどそろそろやめれ、あどいあんねが、って何回だが言うたんども、考えでみれば30年以上も役員やったなんもんの~。」
父「これもひとえに家族のみなさんのおかげです」
子「ひとえに和子さん(母)のおかげだんねが?」
父「あ、んだの。和子さんのおかげですの」
母「まず、ごぐろさんです~」
子「市の体育振興会の会長なて何年なたな?」
父「今年で9年目ですの」
子「あどいいですよ、やめでくれ、っていう引導か。」
父「あ…、んだがもの」

などととりとめのない話をしながら、次の朝。
弟は、朝5時に、財産を実家に残し山形へ。
父は、朝8時すぎに酒田市内まで車Aで行って、マイクロバスで秋田での表彰式へ。
一泊二日体育指導委員の全国大会で、全国から何千人か集まるらしい。

母は。
朝5時に弟を送り出し、
朝食を作り、
6時半に私を起こし、
父と私が食べている間に、
弟が忘れていった財布と時計を包んで送ってやり(クロネコヤマトまで車Bで往復30分)、
秋田へ行く父と、東京へ帰る私を見送って出勤。
帰宅後、「車のカギ、かげんな忘っだ」という父の携帯メッセージに気付き、
駐車場の車Aをロックしにもう一度市内に走り…。

ああ、和子さんのおかげです…(T_T)。

私「お母さん、たいへんだけの~」
母「んだ。車のカギかけましたよ、ってお父さんさメールしてやれば、なんか秋田のお土産
 期待でぎるかしらと思ったら、あたし、お父さんの携帯のメールアドレス、わがらねあんけ」

-_- 。佐々木家でした
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酒田はいいねえ

2005-10-13 | 酒田・庄内・山形
一昨日から仕事で酒田へ帰郷していて、今日戻ってきました。

やっぱり酒田の空気はおいしいです。
私の生家は田んぼのまん中ということもあり、稲刈り後の秋のにおいがします。

お天気もよく、夜は満天の星。
いいリフレッシュになりました。

仕事も楽しかった。高校生はかわいいですね~。

でも、偏見ていうのは怖いものだと思いました。
誇りを持つということは大事なことだけれど、傲慢や他への偏見と紙一重。
知らずに周囲を見下すような誇りなら持たないほうがいい。

それと、当たり前だけれど、
子供達はみんな絶対になにかしら秀でたり光るものを持っているのだから、
いいところを伸ばし、たくましく生きる力をつけてあげられる学校、教育は、テストの点数をあげる教育以上に大事だなあ、と。

一度や二度挫折してもたくましく生きるんだぞ~
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芸術の秋…

2005-10-10 | 映画・芸術・エンターテインメント
毎日のように目と耳と感覚が満腹状態である。

昨日は「歌舞伎座 十八代目中村勘三郎襲名披露狂言」のDVD上映会に丸ビルホールへ。
観たかった公演だったし、なぜか舞い込んだ招待状を手に行ってみれば、会場には30代~40代の女性を中心にした客が3~400人。
なんでも、10巻ものの狂言集勘三郎箱の発売記念とのこと。松竹がこの層をターゲットにしているのだろう。上映は「野田版 研辰の討たれ」。勘三郎が野田秀樹と取り組んだ現代劇と融合した歌舞伎で、わかりやすく、動きも激しく、歌舞伎の硬い伝統芸能的な概念が取り払われる舞台である。

めちゃくちゃ面白かった。
市川染五郎、尾上菊之助、中村獅童ら若手の好演もあるが、やはり、なんといっても勘三郎!
さすが勘三郎!あっぱれ!の一言である。
基礎としての技量はもちろんであるが、伝統的な歌舞伎役者の枠に留まらない才能と度量と魅力が彼にはある。
コメディアン顔負けの笑わせる台詞まわし。リズム、テンポのよさ
愛嬌のある豊かな表情
汗だくで舞台を走り回る闊達な動き。ちゃんと静と動、笑と哀をこきみよく使い分ける
そして何より華がある
(襲名披露なのだから彼のために作られた舞台ではあるが)

演出も、脇の役者たちもー、いやいや、盗むべきものはいっぱい。
ありがとうございます。


一昨日は、俳優座の公演「三ちゃんと梨枝」を観に。
戦中、戦後の芝居小屋を舞台に、「演劇とは何ぞや?」を問いかける。
田中千木夫の50年前の脚本を30代の若手演出家が演出するのだが、
大衆演劇対新劇といった概念自体古いし、当時の原作者の、そして現在の演出家の苦悩を感じて、非常に悶々とした印象を受けた。
「演劇とは、芸術とは何ぞや?」
見物ー観客が、受け手が、喜んで初めて価値がある。
「観客を啓蒙するための新劇を?」
求められるだけのクオリティと面白さと感動の中でしか啓蒙などできはしない。
現代には、多くの人が肌で感じているであろうこと。
戦中、戦後の時代背景ー三ちゃんという60年前の若者像から、改めて日本のこの60年を思う。


映画「忍」。これも、松竹。
知人が初投機した映画というので行かせていただいたが、思いの他面白かった。
ごひいきのオダギリジョー、いいです。
ちょっぴり違和感ある合成シーンはしかたないとして、映像もきれいだったし、
忍どおしのアクションシーンは見ごたえあり。
私は、あまりに血が吹き出るような残虐で汚いシーンは大嫌いなのだが、
殺しあいのシーンもグロテスクにならず、生々しい描写を避けているのに好感がもてた。
効果音は、ちょっと耳につきすぎるところがあったかな。
あとは、仲間由紀江の台詞。もう少し自然だといいんだけど。

私は、舞台はそこまでじゃないんだけど、映画は仕事柄?客観的にストーリーを観ながらもすべての登場人物に感情移入していくので、笑っているシーンは笑うし、泣いているシーンではだいたい泣いてしまう。今回も例外ではなく。
いずれにしても、後をひく世界です。


そして、今日は、音楽とダンスパフォーマンスのライブに行ってきました。
kuniさんおつかれさま。普段あまり行かない形態のライブで新鮮でした。


いろいろなものを観たり聴いたりするなかで、いろんな感情やアイディアが沸き上がってくるのは楽しいことである。
満腹。…いいけど、食欲の秋、食べ過ぎにはほんと注意しないと。
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