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日本ふるさと塾」主催の街起こしフォーラム【ー震災復興祈念ー
第20回花咲爺の集いin南魚沼】が1日から3日間に渡って開催され、全国から百数十名が新潟県南魚沼市に集結。様々なプログラムの中の一つとして、2日(土)、私は昭和4年の松竹作品『明け行く空』を語らせていただいた。
4年前の2003年に、合併して南魚沼市になる前の六日町で「
水島あやめ生誕百周年記念公演」に佐藤忠男先生と一緒にお招きいただいたのが最初で、3年前にも招聘いただき、この地で『明け行く空』を語るのは3度目である。今回は特筆すべきことが。
『明け行く空』は、喜劇の神様斎藤寅次郎が監督を務め、現在の南魚沼市出身の日本最初の女性脚本家、水島あやめが脚本を手掛けた作品である。
「水島あやめ」について、おそらく日本でもっとも詳細に研究なさっている方が、彼女の親族である因幡純雄さん。現在、情報誌「シナリオ」で「水島あやめの生涯」について連載中である。その因幡さんがこの度、『明け行く空』の挿入歌のハーモニカ演奏の楽譜をみつけて下さった。
実は、これまで、私も含め何人もの弁士がこの作品を語ってきたが、皆主題歌のメロディがどんなものかはわからずにいたのである。
この昭和4年という年は、爆発的にレコードが売れ出した年で、そのため、日本映画には主題歌が付き、『東京行進曲』など小唄映画がたくさん作られるようになった。ラストシーンやクライマックスシーンには主題歌の歌詞が字幕で挿入されていて、そのシーンになるとやおらステージに歌手が出てきて生で歌ったりしていたのである。
この『明け行く空』も、途中とラストに歌の歌詞が挿入されている訳だが、曲はわからず、無声映画伴奏者柳下美恵さんと共演した時も「こんな感じのメロディだったのかしらね」と想像するばかりだった。
今回、楽譜が手に入った、とのことで(五線譜ではなく数字譜だが)、FEBOの二人がそれをもとに演奏を録音下さり、ラストシーンで流していただくことができたのである♪(パチパチ)おそらく戦後初のこと。活弁自体が初めてで感激された方が多かったので、主題歌がどうこうはそうたいした関心事ではなかっただろうが、ちょっとした発見は嬉しいもの。想像以上に朗らかな曲だった。
レコードはコロンビアから発売、楽譜は昭和4年9月に松竹キネマ楽譜出版社から発行されたもの。第1編が『蒲田行進曲』、第2編が『山の凱歌』、そして第3編が『明け行く空』(作詞畑耕一、作曲高階哲夫)、その後も『進軍』などの話題作が続く。当時、『明け行く空』の作品自体のバリューが高かったということだろう。
水島あやめさんは、母モノ等の新派悲劇を得意とし、本人も「お涙頂戴ものばかり、と言われますが、それが書いていて気持ちがいいんです」というほど。この作品もしんみりした母と娘と祖父(母の舅)の涙の物語なのだが、これをナンセンス喜劇の才人斎藤寅次郎が監督したから、ただの悲劇では終わらない。この正反対な二人のテイストが混ざって、重苦しいテーマが、温かく笑いあり涙ありの作品になっているのである。(これを溝口健二監督がやっていたら…と考えると面白い)
究極は、身を引いて汽車で去っていく母を、祖父と娘が馬車で追い掛けるシーン。追い付く訳のないシチュエーションだが、馬車はなんと汽車に追い付いてしまう。そして母との感動の対面。思わず吹き出した後、ほろりと泣かせる。予期せぬ二人のコンビネーションの賜物である。今回も会場には笑い声が上がり、最後は「涙腺の掃除になりました」という感想も。
本来気質も方向性も違うあやめと寅次郎の共同作業はきっとたいへんだっただろうと思っていたのだが、今回、ちょうどそのへんの苦労を綴った水島あやめのエッセイを因幡さんが古い映画雑誌の中に見つけて下さり、クライマックスで何度も書き直しをさせられて執筆に苦悩するあやめの姿を垣間見ることができた。
「喜劇監督斎藤寅次郎の真骨頂は、無声映画時代のスラップスティックコメディ」というのは定評だが、現存する無声作品は数少ない。私ももうかなり語っている『子宝騒動』(昭和10年)が一番ポピュラーで、彼の面白さが出ている作品だろう。
『モダン怪談100,000,000円』もかなり面白い。『明け行く空』は彼の作品としては評価されていないに等しかった(シリアスな異色作と言われていた)。だが、2004年、こちらも「斎藤寅次郎生誕100年」を記念して生地の
秋田コメディ映画祭で語らせていただいた際は、娯楽映画研究家の佐藤利明氏が「マイナーだと思っていたけど、こんなに面白い作品だったのか」と驚いたし、六日町公演での佐藤忠男先生もしかり。「あまり評価していなかったけれど、これは非常にいい作品ですね」と評した。今失いつつある日本の美しさが詰め込まれた良質な作品であり、その面白さとともに、再評価されておかしくないものである。
ちなみに、映画評論家田中真澄さんは著書の中で1930年代からの名監督10人に斎藤寅次郎をあげ、そのオススメ作品3作に、『明け行く空』と『子宝騒動』を入れている。トーキーに入ってからのものは駄作だが、サイレント時代のものは本当に面白い、という彼の評。
子どもたちと、そして昭和初期が懐かしい年輩の方々と、広い世代に一緒に観てほしい一作である。
そしていつか、以前共演した友人のハーモニカ世界チャンピオン大竹英二さんの主題歌演奏で『明け行く空』をご覧いただけたらと秘かな期待を膨らませつつ。
花咲爺の集いにお招き頂き、ありがとうございました。私も、町から町へ、花咲婆…になるまで、活弁でたくさんの笑顔を咲かせていきたいと思います。