東電の復旧作業の関係者、作業の応援に駆けつけて頂いた方々に感謝を込めて
(前編より続く)
その日は前日にもましてむさ苦しい朝だった。相変わらず無風で、8時には庭の温度計が30℃もあったと後になって妻が言った。自分は外のざわめきで目が覚めた。暑くなる前にと数軒の家前で道路の掃除をしていたのだ。端に寄せてあった大枝を庭に取り込み、あらかたの掃除をする。妻もわが家の前の大枝を回収して庭に積んでいた。今日こそやらねば。そう決心しながら猫たちの様子をチェックしていると、勝手口の外でルイの声がした。中の猫たちは食欲がなさそうだがさすがは外ノラ。台風一過の前日でさえ午後にはルイ2回、夜にはサクラもやって来てその無事が確認できた。
ルイには冷蔵庫にあった缶詰の残りとカリカリを出した。しばらくして見ると、ご飯には手も付けずルイがいなかった。あの食いしん坊のルイが食べない? やがて再びやって来たルイに中の猫たちの食べ残し(新しい缶詰)を出すとペロリと食べた。やはりそうだ。暑さで冷蔵庫の中のものが痛んでいる。結局開封したものは全て捨てた。牛乳は未開封のものも捨てた。人間の食べ物は昨夜に続いてパンだけ。水とガスは出るがラーメンはさすがに暑い。猫たちにはカリカリ主体に与え、ウェットは残さないようにやった。
ニャー
その日は早めに店に向かう妻を送ることにした。目的は車の確保。車があれば冷房もテレビもあるし買出しにも行ける。店までの道中、昨夜は帰宅して直ぐに寝てしまった妻と話す時間ができた。ガーデンセンターと言っても10人ほどのスタッフが交替でやりくりする小さな店だ。そのうち4人の家が停電中。隣市のスタッフは断水も。家屋一部損壊のスタッフが1人。電車が動かず店に来れないスタッフが1人。連絡のつかないスタッフが1人。結局前日は4名のスタッフで後片付けに追われた。まさに地獄だったと言う。作業時間を20分以内と決めたがそれでも気分が悪くなったり吐いたり。クーラーや冷飲料があっても熱中症との闘いだったのだ。今日は3人しか来ないらしい。ワンちゃんニャンちゃんがいれば当家と同じで停電の家を空けるわけにはいかないのだ。いつになったら片付くのやら、妻はぽつりと呟いた。
店までの道のりは通勤ラッシュと反対方向なので普段なら15分もかからない。しかしその朝は道路が異様に混んでいた。特に上り車線には車がぎっしり詰まって殆ど止まっている。JRも京成も電車が動いてないのだ。そのうち下り車線も渋滞で動かなくなった。自分も店を見たかったが、妻は途中で車を降り歩いて店に向かった。自分はわき道を駆使して家に戻ったがそれでも1時間以上かかってしまった。
ちび太
風がないとは言え、やはり家を閉め切っていると滅入ってしまう。室内温度は31℃を超えている。猫たちは昨日に続いて廊下のフローリングで伸びていた。自分は水風呂を頼りに庭仕事を始めた。昨日よりはましだが狂ったような日差しが肌を焼き付ける。20分ほど動いては水風呂に入る。ああ、やっぱり朝のうちにやっておくべきだった。とりあえずぶどう棚の仮補修、プルーンの半伐採と傾き直し、大枝の処分(細断)と木の葉掃除を行ったところで力尽きた。店での苦労がいやというほど理解できた。
リン
情報がないというのは本当にきつい。情報がまだ集まってないのだろう、朝刊には役に立つ記事がなかった。やはりテレビには負けるのかな。しかし車中で観た朝のワイドニュースでは、例によってしたり顔連中の雑言が花盛りだった。素人を自認するコメンテーターが被災者を慮るのはいい。でも知った風のレギュラーコメンテーターや"専門家"と紹介される解説者は、本当に箸にもかからない。彼らは一様に東電を非難していた。「想定できなかったのか。」「誤算だらけ。」 東北大震災のときもこんな連中が花盛りだった。要は事後なら何でも言える。じゃあ自分は何をしてたんですか? 今は何をしてるんですか? この連中は偉そうに上から目線で他人を非難するが、現実には役に立つどころか社会の害悪でしかない。先日の「メディア批評」にも書いたように、我々視聴者はこういった害悪を見抜く力を持たなければならない。残念ながら、これが今の視聴率優先のテレビメディアの現実なのです。
キー
ただ、夕刻にゲリラ雷雨があるとの天気予報には期待が持てた。暑い昼間に窓を閉めたくないので車への避難は最小限にする。しかし昼過ぎになって、電池を買いに出ることにした。ラジオが聞ければ少しは状況が改善する。あとどのくらい我慢すればいいのか、とにかくそれが知りたい。停電してない地域なら電池を調達できるかもしれない。家を出ると道は朝ほど混んではいなかったので、少し離れたホームセンター(HC)に出向いた。朝と違って昼の車内は冷房が効かない。熱気が冷房能力を上回って冷えた風が出てこないのだ。HCに入ると生き返った心地だった。電池を買って、しばらく特番を放映するテレビに見入った。するとショックな情報が。当地域の停電復旧は明日以降になるとのことだった。
1時間ほどHCにいたのだろうか。長居してしまったので帰りはどこにも寄らずに家に戻った。14時頃家に戻ると庭の温度計は35℃、昨日に続いての猛暑日となった。家に入ると室温は34℃。そして、限界を遥かに超えた猫たちの様子がおかしかった。後悔先に立たず。よりによって最も暑い昼八ツ刻に家を空け、1階の窓を閉め切っていたのです。風がなくても窓が開いていればまだ違う。てっきり猫たちは窓の開いている2階に集結していると思っていた。しかし実際は、日当たりが多く日差しの注ぎ込みも多い2階の方が暑かった。猫たちは1階の澱んだ高湿度の熱気の中で、息も絶え絶えになっていたのでした。特にキーとシロキがひどく、口を開けて息をしている。病院も考えたが、とりあえずタオルを水で濡らして一匹一匹包んだ。猫に被せたタオルが直ぐに温かくなるので、何度も水に浸して繰り返した。問題はキーとクウ。穏やかなときはすりすりしてくるキーも、一度警戒されるともう逃げ回って触れない。クウははじめから触ることすらできない。この2匹は、何とか耐えてくれと祈るように願うしかなかった。
クウ
その後は前日同様ひたすら水風呂で涼をとりながら地獄の暑さを凌いだ。ラジオのニュースが思ったより遥かに広範囲の被害を伝えていた。夕刻になっても雷雨は来なかった。妻は店を終えると間もなく帰って来た。店の車で帰宅し、明朝早く出なければならないと。配達が何件も重なったらしい。事前の約束なのでこんなときでも断れないのだ。夕刻にはどこの惣菜売り場も空で、午前中に買った弁当を店の冷蔵庫に保管しておいたと言う。自分には冷たいお茶が助かった。妻はその弁当も食べずに寝てしまい、暗がりの中、ひとりでお茶と弁当を腹に入れた。
夜になると車の冷房が効くので、前夜同様近くの野原に出たり水風呂に入ったりを繰り返した。夜も更けた頃、車の中にいると稲光が走って雷が鳴った。やっと来たか。雨がポツポツ来た頃家に戻って雷雨に備えた。が、雷は遠くに聞こえるばかりでこっちには来なかった。雨はお湿りにもならない程度。期待した風は少し吹いたが弱々しく、30分ほどで無風状態に戻ってしまった。そして再び動かない空気。その空気から水が滲み出てくるような高湿度。前夜と同じ息苦しさだったが猫たちは少し元気になっていた。温度計を見ると室内温度が29.5℃まで下がっていたので、雷は多少の効果があったようだ。この先どうなるのだろう。悶々としながら、いつの間にか2日目の眠りについた。
シロキ
翌朝、相変わらずの寝苦しさで目が覚めた。7時の気温は庭が27℃、室内(リビング)が28℃。熱帯夜ではあるが前2夜よりはましだった。ルイが妙に早く来たのでご飯を出し、中の猫たちのご飯を準備しているとき、唐突に電気が点いた。朝の6時頃のことでした。そして、当家における苦難との闘いは終わりを告げたのです。家の中の電気器具の点検を終え、帰りに食料を買い込んで来ると言い残して妻は早々に店に向かった。自分も明日からは店の作業が待っている。今日は本格的に後片付けに精を出そう。久し振りにリビングでテレビを観た。ニュースでは、その時はまだ50万以上の世帯が停電していると言っていた。断水や電話の繋がらない地域も沢山ある。被災者の苦難と心情が、痛いほど伝わってくるのでした。
チキン
(番外編へと続きます)
※わが家は11日の朝に停電が解消しました。しかし18日現在でまだ5万近い世帯が停電しています。番外編ではエピローグに加えて、今回の災害復旧や被災者支援の報道について書いてみる予定です。