昨日から,
趣味どきっ!「国宝に会いに行くⅡ」が始まりました。
Ⅰの方は見ていません。
その頃は,趣味どきっ!を知りませんでした。
本当に残念です。
趣味どきっ!「国宝に会いに行くⅡ」の第1回を見て,まずそう思いました。
さて,その第1回は「超ハイテク! 法隆寺・五重塔と元興寺・五重小塔」です。
法隆寺の五重塔の当時としては超ハイテクな耐震。
でも,塔は雷には弱いとか・・・。
元興寺の五重小塔には,ビックリしました。
宝物館の中に入っている小さな塔です。
普通の塔と違って,上から見ることもできます。
(小さいと言っても,ミニチュアではありません。大きな仏像ぐらいの大きさです。)
奈良時代,全国に国分寺がつくられました。
この五重小塔は,その五重塔をつくるための模型見本,基本の型だそうです。
大工さんたちがやってきて,塔の作り方を勉強するのだそうです。
そして,東大寺
今はありませんが,もともとは,七重塔(東塔・西塔)があったそうです。
東塔は,創建時は,100メートルともいわれる高さがあったそうです。
(現在は,67~68メートルか70メートル前後という説が有力になっているそうですが。)
(ちなみに,この頃,奈良には,大小100ぐらいの塔があったそうです。)
でも,源平合戦で焼失。
その後も,再建されたり,焼失したり,・・・。
あれっ?
今日の新聞・・・。
10月5日:朝日新聞
「東大寺東塔平氏焼き打ち跡? 遺構,黒く焦げ石材倒れ」
詳しくは,朝日新聞デジタルをご覧ください。
8日午前10時~午後3時に現地説明会が行われるそうです。
PS.2017年1月3日の「歴史秘話ヒストリア」でも,東大寺の七重塔をやっていました。
「平氏焼き打ちのあと」以降の発掘調査が分かります。
100メートルの高さで支えるために一番下に裳階(もこし)がついていた,という説や,
やはり70メートルという説が出ていましたが,結論はまだ出ていません。
あの「歴史秘話ヒストリア」は保存版です。
(2017年1月11日)
趣味どきっ!「国宝に会いに行くⅡ」が始まりました。
Ⅰの方は見ていません。
その頃は,趣味どきっ!を知りませんでした。
本当に残念です。
趣味どきっ!「国宝に会いに行くⅡ」の第1回を見て,まずそう思いました。
さて,その第1回は「超ハイテク! 法隆寺・五重塔と元興寺・五重小塔」です。
法隆寺の五重塔の当時としては超ハイテクな耐震。
でも,塔は雷には弱いとか・・・。
元興寺の五重小塔には,ビックリしました。
宝物館の中に入っている小さな塔です。
普通の塔と違って,上から見ることもできます。
(小さいと言っても,ミニチュアではありません。大きな仏像ぐらいの大きさです。)
奈良時代,全国に国分寺がつくられました。
この五重小塔は,その五重塔をつくるための模型見本,基本の型だそうです。
大工さんたちがやってきて,塔の作り方を勉強するのだそうです。
そして,東大寺
今はありませんが,もともとは,七重塔(東塔・西塔)があったそうです。
東塔は,創建時は,100メートルともいわれる高さがあったそうです。
(現在は,67~68メートルか70メートル前後という説が有力になっているそうですが。)
(ちなみに,この頃,奈良には,大小100ぐらいの塔があったそうです。)
でも,源平合戦で焼失。
その後も,再建されたり,焼失したり,・・・。
あれっ?
今日の新聞・・・。
10月5日:朝日新聞
「東大寺東塔平氏焼き打ち跡? 遺構,黒く焦げ石材倒れ」
詳しくは,朝日新聞デジタルをご覧ください。
8日午前10時~午後3時に現地説明会が行われるそうです。
PS.2017年1月3日の「歴史秘話ヒストリア」でも,東大寺の七重塔をやっていました。
「平氏焼き打ちのあと」以降の発掘調査が分かります。
100メートルの高さで支えるために一番下に裳階(もこし)がついていた,という説や,
やはり70メートルという説が出ていましたが,結論はまだ出ていません。
あの「歴史秘話ヒストリア」は保存版です。
(2017年1月11日)
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