「横浜開港祭(山下公園編)」から続く。
横浜開港祭の「花火観賞クルーズ弁当&フリードリンク付」の受付まで、時間が大分あったので氷川丸にも行ってみました。
氷川丸は1930年にシアトル航路用に建造された貨客船で、1960年に引退し山下公園の前に係留保存されています。
2008年に「日本郵船氷川丸」としてリニューアルされ、国の重要文化財に指定(2016年)されています。
尚、氷川丸は、操舵室や船長室のあるNデッキ、一等客室や一等特別室等があるAデッキ、エントランスロビーや1等食堂のあるBデッキ、機関室のあるCデッキとDデッキの構造になっています。

取り敢えず、HIKAWAMARUのゲートを撮って乗船口に向かいました。

出港するわけではありませんが、乗船前の氷川丸を撮ってみました。

ご覧のような乗船口から氷川丸に乗船します。
<Bデッキ>

Bデッキに着くと、ご覧のようなものが展示されていたので撮ってみました。
2009年の横浜開港150周年に出展したもので、氷川丸の船名から「氷」を連想して「かき氷」の形をしています。

エントランスロビーの窓から、港内が見えたので撮ってみました。

左側に、大さん橋埠頭ビルやインターコンチネンタルホテルが見えたのでアップで撮ってみました。

順路に従って、ご覧のような左舷通路を進みます。

通路の先には一等児童室がありました。
1世紀程前に建造された船に児童室があっあたとは驚きですね!?

児童室の隣りには、ご覧のような一等食堂がありました。

ディナーが用意されたいたのですが、食べるわけにはいきません。

食堂を後に、階段を昇ってAデッキに行ってみました。
<Aデッキ>

ご覧のような一等社交室があったので撮ってみました。

社交室に素晴らしい絵画(?)が飾ってあったのでアップで撮ってみました。

右舷通路には、ご覧のようなの展示室がありました。

ディナータイムの後は「心躍るダンスパーティー」が開かれたのでしょうね!?

何故かホグホーン(霧笛)が展示してあったので撮ってみました。

ご覧のような「梱包された生糸」も展示されていました。

どうやらこの展示室は、「シアトル航路の旅」の到着までの船内の様子を紹介しているみたいです。

展示室の先には、ご覧のような豪華な一等喫煙室がありました。
⇒ 受動喫煙に気を使っていたのですね!?

ついでに、喫煙室の天井も撮ってみましたが、これなら喫煙者に肩身の狭い思いはさせませんね!?

喫煙室の先には、ご覧のような一等客室がありました。

そして、一等客室の先には、一等特別室(スイートルーム)がありました。
特別室はチャップリンや秩父宮殿下も利用したみたいです。


特別室には、ご覧のような浴室や居室もありました。

屋外デッキがあったので、外に出て港内を撮ってみました。

Aデッキを後に、階段を昇って最上階のNデッキに行ってみました。
<Nデッキ>

ご覧のような左舷通路を通って先の方に行ってみました。

Nデッキから下の屋外デッキが見えたので撮ってみました。

大さん橋の手前に護衛艦(?)が留まっていたのでアップで撮ってみました。

又、湾内では何か競技を遣っているようだったのでアップで撮ってみました。

氷川丸の船首を撮って操舵室に行ってみました。

操舵室を撮ってみましたが、置いてある機器は当時のもですかね!?

羅針盤の後に大きな舵輪があったので撮ってみました。

この機器はジャイロメーターですかね!?


ご覧のような機器があったのでアップで撮ってみましたが、これが操舵ですかね!?

操舵室を後に船長室に行ってみました。

操舵室と会話ができる伝声管があったのでアップで撮ってみました。

手前にベットのある船長の居室を撮ってみました。
尚、奥には氷川神社の破魔矢と御神酒が置いてありました。


取り敢えず、ベットと浴室を撮って船長室を後にしました。

甲板に出たので氷川丸の煙突を撮ってみました。

右舷の先に観光船のマリーンシャトル号が航行していたので撮ってみました。

又、山下公園にマリーンルージュ号が留まっていたので、マリンタワーと一緒に撮ってみました。

氷川丸でも甲板はご覧のようにだだっ広いですね!


甲板には救命ボートと大きな錨が置いてありました。

又、ご覧のような舵輪もありましたが、当時のものですかね!?

下を見るといつの間にか、マリーンルージュ号の手前にシーバスが留まっていたので撮ってみました。

山下公園と一緒にマリンタワーを撮ってみました。


又、山下公園のガーデンベアに立体花壇があったのでアップで撮ってみました。

重要文化財の証拠を撮って、Cデッキに行ってみることにしました。
<Cデッキ、Dデッキ>

機関室の案内があったので現在位置を確認しました。
機関室は、上段、中段-1、中段-2、下段に分かれていて現在は上段の手前にいます。

機関室には、8気筒のディーゼルエンジンが左右に1基ずつあります。
取り敢えず、左側のエンジンを撮ってみました。

右側のエンジンの下の方を撮って先に行ってみました。

「ディーゼル機関のしくみ」があったので撮ってみました。

実物の吸気弁、排気弁、燃料噴射弁と各プッシュロッドがあったので撮ってみました。

中段-2に降りて、下段の通路を撮ってみました。

更に、順路に従って下段まで下りてみましたが、映画で見たような通路ですね!?



いろんな機器や計器がありましたが、何に使うのか分かりません。

ご覧のような電話ボックスがありました。
機関室内はエンジンの大音響で伝声管が使えないので、操舵室との連絡はこの電話を使うのですね!



ディーゼル発電機や潤滑油ポンプがあったので、取り敢えず撮ってみました。
下段を一回りしたのでCデッキに戻ってみました。

ギャレー(船のキッチン)の先に三等客室があったので行ってみました。

下船口の近くに、”氷川丸”内部イラストがあったので撮ってみました。
氷川丸の錨~舵の66部位のイラストが描かれていました。
<下船>

Cデッキから下船すると、1896(明治29)年に設立された白灯台があったので撮ってみました。

ついでに、救命ボートと一緒に白灯台を撮ってみました。

氷川丸の舵が見えたので撮ってみましたが、船上にいる人と比べるとその大きさが分かりますね!

取り敢えず、氷川丸の船尾を撮ってみました。
未だ時間があったので「大さん橋」にも行ってみることにしました。
「横浜開港祭(大さん橋・花火編)」に続く。
横浜開港祭の「花火観賞クルーズ弁当&フリードリンク付」の受付まで、時間が大分あったので氷川丸にも行ってみました。
氷川丸は1930年にシアトル航路用に建造された貨客船で、1960年に引退し山下公園の前に係留保存されています。
2008年に「日本郵船氷川丸」としてリニューアルされ、国の重要文化財に指定(2016年)されています。
尚、氷川丸は、操舵室や船長室のあるNデッキ、一等客室や一等特別室等があるAデッキ、エントランスロビーや1等食堂のあるBデッキ、機関室のあるCデッキとDデッキの構造になっています。

取り敢えず、HIKAWAMARUのゲートを撮って乗船口に向かいました。

出港するわけではありませんが、乗船前の氷川丸を撮ってみました。

ご覧のような乗船口から氷川丸に乗船します。
<Bデッキ>

Bデッキに着くと、ご覧のようなものが展示されていたので撮ってみました。
2009年の横浜開港150周年に出展したもので、氷川丸の船名から「氷」を連想して「かき氷」の形をしています。

エントランスロビーの窓から、港内が見えたので撮ってみました。

左側に、大さん橋埠頭ビルやインターコンチネンタルホテルが見えたのでアップで撮ってみました。

順路に従って、ご覧のような左舷通路を進みます。

通路の先には一等児童室がありました。
1世紀程前に建造された船に児童室があっあたとは驚きですね!?

児童室の隣りには、ご覧のような一等食堂がありました。

ディナーが用意されたいたのですが、食べるわけにはいきません。

食堂を後に、階段を昇ってAデッキに行ってみました。
<Aデッキ>

ご覧のような一等社交室があったので撮ってみました。

社交室に素晴らしい絵画(?)が飾ってあったのでアップで撮ってみました。

右舷通路には、ご覧のようなの展示室がありました。

ディナータイムの後は「心躍るダンスパーティー」が開かれたのでしょうね!?

何故かホグホーン(霧笛)が展示してあったので撮ってみました。

ご覧のような「梱包された生糸」も展示されていました。

どうやらこの展示室は、「シアトル航路の旅」の到着までの船内の様子を紹介しているみたいです。

展示室の先には、ご覧のような豪華な一等喫煙室がありました。
⇒ 受動喫煙に気を使っていたのですね!?

ついでに、喫煙室の天井も撮ってみましたが、これなら喫煙者に肩身の狭い思いはさせませんね!?

喫煙室の先には、ご覧のような一等客室がありました。

そして、一等客室の先には、一等特別室(スイートルーム)がありました。
特別室はチャップリンや秩父宮殿下も利用したみたいです。


特別室には、ご覧のような浴室や居室もありました。

屋外デッキがあったので、外に出て港内を撮ってみました。

Aデッキを後に、階段を昇って最上階のNデッキに行ってみました。
<Nデッキ>

ご覧のような左舷通路を通って先の方に行ってみました。

Nデッキから下の屋外デッキが見えたので撮ってみました。

大さん橋の手前に護衛艦(?)が留まっていたのでアップで撮ってみました。

又、湾内では何か競技を遣っているようだったのでアップで撮ってみました。

氷川丸の船首を撮って操舵室に行ってみました。

操舵室を撮ってみましたが、置いてある機器は当時のもですかね!?

羅針盤の後に大きな舵輪があったので撮ってみました。

この機器はジャイロメーターですかね!?


ご覧のような機器があったのでアップで撮ってみましたが、これが操舵ですかね!?

操舵室を後に船長室に行ってみました。

操舵室と会話ができる伝声管があったのでアップで撮ってみました。

手前にベットのある船長の居室を撮ってみました。
尚、奥には氷川神社の破魔矢と御神酒が置いてありました。


取り敢えず、ベットと浴室を撮って船長室を後にしました。

甲板に出たので氷川丸の煙突を撮ってみました。

右舷の先に観光船のマリーンシャトル号が航行していたので撮ってみました。

又、山下公園にマリーンルージュ号が留まっていたので、マリンタワーと一緒に撮ってみました。

氷川丸でも甲板はご覧のようにだだっ広いですね!


甲板には救命ボートと大きな錨が置いてありました。

又、ご覧のような舵輪もありましたが、当時のものですかね!?

下を見るといつの間にか、マリーンルージュ号の手前にシーバスが留まっていたので撮ってみました。

山下公園と一緒にマリンタワーを撮ってみました。


又、山下公園のガーデンベアに立体花壇があったのでアップで撮ってみました。

重要文化財の証拠を撮って、Cデッキに行ってみることにしました。
<Cデッキ、Dデッキ>

機関室の案内があったので現在位置を確認しました。
機関室は、上段、中段-1、中段-2、下段に分かれていて現在は上段の手前にいます。

機関室には、8気筒のディーゼルエンジンが左右に1基ずつあります。
取り敢えず、左側のエンジンを撮ってみました。

右側のエンジンの下の方を撮って先に行ってみました。

「ディーゼル機関のしくみ」があったので撮ってみました。

実物の吸気弁、排気弁、燃料噴射弁と各プッシュロッドがあったので撮ってみました。

中段-2に降りて、下段の通路を撮ってみました。

更に、順路に従って下段まで下りてみましたが、映画で見たような通路ですね!?



いろんな機器や計器がありましたが、何に使うのか分かりません。

ご覧のような電話ボックスがありました。
機関室内はエンジンの大音響で伝声管が使えないので、操舵室との連絡はこの電話を使うのですね!



ディーゼル発電機や潤滑油ポンプがあったので、取り敢えず撮ってみました。
下段を一回りしたのでCデッキに戻ってみました。

ギャレー(船のキッチン)の先に三等客室があったので行ってみました。

下船口の近くに、”氷川丸”内部イラストがあったので撮ってみました。
氷川丸の錨~舵の66部位のイラストが描かれていました。
<下船>

Cデッキから下船すると、1896(明治29)年に設立された白灯台があったので撮ってみました。

ついでに、救命ボートと一緒に白灯台を撮ってみました。

氷川丸の舵が見えたので撮ってみましたが、船上にいる人と比べるとその大きさが分かりますね!

取り敢えず、氷川丸の船尾を撮ってみました。
未だ時間があったので「大さん橋」にも行ってみることにしました。
「横浜開港祭(大さん橋・花火編)」に続く。
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