八木久美子「マフフーズ・文学・イスラム --エジプト知性の
閃き」2006年の紹介、個人的評。大変読み応えのある本であっ
た。冒頭から余談であるが、日本とエジプトのある比較に大変
興味を覚えた。エジプトも19世紀半ばに、鉄道やスエズ運河開
通などで近代化に乗り出していて、日本の明治維新と相前後
していた。しかし、この二つの国で始まった近代化の結果は
大きく異なるものとなっている。日本がアジア唯一の先進国
となったのに対し、エジプトはうまく進まず植民地支配が進
行する。エジプト人は、日本が西欧列強の介入を避けること
ができ、近代化に見事に成功したのに、エジプトはなぜでき
なかったのか、としばしば口にするという(p. 11)。この
比較は大変興味があり、考えてみれば明治維新(1868)が極め
て時間的に近いことに気づいたのであった。
マフフーズは、エジプトを始めイスラム界の思想・制度上の
近代化を目指した知性の典型として、極めて重要な人物であ
る。時代や体制の変化に対応しながら、時に沈黙し、時に寓
話化しながら、マフフーズの思想・姿勢が進化していく様を
よく分析し追跡している。マフフーズは常に悩み、探求した
人物であった。私はこの書を読むことによって、エジプトの
みならずイスラム界が経てきた時代と現在かかえる問題をよ
く理解できるようになったと感じている。88年にノーベル賞
を受けたマフフーズは確かに重要な人物である。
「ハーン・アル=ハリーリー」という作品の中で、疑うこと
を知らない少年の信仰対象が、実はモスク内にあってもそれ
が象徴でしかないことを知って、少年の世界観、価値観が根
底から覆り、激しい衝撃を受けた様が描かれている(p. 154,
155)。科学に魅せられたマフフーズはイスラム教を理性的に
とらえるに至るが、イスラムを否定することなくむしろその
中に留まって答えを求めようとし、スーフィズムに答えを見
いだすに至る。スーフィズムとは制度化されたイスラム教で
はなく、より普遍的な愛、理想、社会正義を求める、修行を
へた個人対神の関係を指す(預言者的、理念的な)ものとし
てとらえられている。
私は八木久美子のこの書によって、イスラム世界の理解にお
いて大きな収穫を得たと感じている。ハーバード大学に提出
された博士論文を日本語に翻訳された労と意義を高く評価し
たい。
閃き」2006年の紹介、個人的評。大変読み応えのある本であっ
た。冒頭から余談であるが、日本とエジプトのある比較に大変
興味を覚えた。エジプトも19世紀半ばに、鉄道やスエズ運河開
通などで近代化に乗り出していて、日本の明治維新と相前後
していた。しかし、この二つの国で始まった近代化の結果は
大きく異なるものとなっている。日本がアジア唯一の先進国
となったのに対し、エジプトはうまく進まず植民地支配が進
行する。エジプト人は、日本が西欧列強の介入を避けること
ができ、近代化に見事に成功したのに、エジプトはなぜでき
なかったのか、としばしば口にするという(p. 11)。この
比較は大変興味があり、考えてみれば明治維新(1868)が極め
て時間的に近いことに気づいたのであった。
マフフーズは、エジプトを始めイスラム界の思想・制度上の
近代化を目指した知性の典型として、極めて重要な人物であ
る。時代や体制の変化に対応しながら、時に沈黙し、時に寓
話化しながら、マフフーズの思想・姿勢が進化していく様を
よく分析し追跡している。マフフーズは常に悩み、探求した
人物であった。私はこの書を読むことによって、エジプトの
みならずイスラム界が経てきた時代と現在かかえる問題をよ
く理解できるようになったと感じている。88年にノーベル賞
を受けたマフフーズは確かに重要な人物である。
「ハーン・アル=ハリーリー」という作品の中で、疑うこと
を知らない少年の信仰対象が、実はモスク内にあってもそれ
が象徴でしかないことを知って、少年の世界観、価値観が根
底から覆り、激しい衝撃を受けた様が描かれている(p. 154,
155)。科学に魅せられたマフフーズはイスラム教を理性的に
とらえるに至るが、イスラムを否定することなくむしろその
中に留まって答えを求めようとし、スーフィズムに答えを見
いだすに至る。スーフィズムとは制度化されたイスラム教で
はなく、より普遍的な愛、理想、社会正義を求める、修行を
へた個人対神の関係を指す(預言者的、理念的な)ものとし
てとらえられている。
私は八木久美子のこの書によって、イスラム世界の理解にお
いて大きな収穫を得たと感じている。ハーバード大学に提出
された博士論文を日本語に翻訳された労と意義を高く評価し
たい。
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