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8月23日(日)松花江北部の開発区にある大学宿舎を出て、ハル
ピン市内にあるキリスト教会に出席した。以前にも出席した新
陽路教会である。建物は同じであるが、内装が見違えるほどき
れいに改装されていた。この日2階と合わせて120-130人が出席
していたと思われる。

1920年に复临安息日会(Restored Sabbath Church)と呼ばれる西
洋のキリスト教会によって建てられた、古いが瀟洒な建物であ
る。現在は中国基督教協会と三自愛国運動委員会によって運営
されている。礼拝様式は教会毎に異なっていて統一されていな
い、と聞いている。訪問者のわたしも他の人と変わらず暖かく
歓迎してくれた。この日、冒頭に牧師(女性)による聖句朗
読があったが、IIコリ12章からガラテヤ書全部が朗読され半時
間以上に及んだ。これにはちょっと驚いたが、あとは賛美歌(5、
6曲以上)、説教、主の祈り斉唱、などであった。なお、礼拝
が正午に開会と知ったことも軽い驚きであった。こことは違う
教会であったかもしれないが、早朝から何度も繰り返し礼拝が
行われ、早く行かないと入れないほどであった以前の記憶と異
なったからである。

賛美歌は歌詞の上に数字が添えられている形で楽譜はなかった。
会衆は大きな声で歌い、説教者(Tシャツの若い男性牧師)は
表情に富み、会衆に語りかける様子がよくわかった。自信にあ
ふれ迫力がある。

出席者は前も感じたが高齢者で占められ、女性が95%以上であっ
た。階層はやはりどちらかと言えば上品な中国の中流的雰囲気
である。インドのある教会で見たようなもっと貧しい人々の姿
は見えなかった。

中国では未成年者への宗教教育は禁止されていて、幼稚園から大
学までキリスト教教育は許可されていない。子供はマルクス主義
の唯物論を習って成人になる。その上で大人になってからクリス
チャンになるのはとめない、という政策と考えられる。それで教
会では子供は見かけないし、幼児洗礼も禁止されている。(この
項「中国のキリスト教」http://www.threeweb.ad.jp/logos/china/christianity.html 
より)

確かに子供はおろか若い世代も皆無であった。若い世代の加入が
ないこと、男性があまりにも少ないこと、家族の姿がないことは、
中国の教会にとって将来問題になるのではないか、と思われた。
まだ1つの教会に一度出ただけであるので、一般的なことは言え
ないが滞在中にまた機会を見て中国のキリスト教界の状況を観て
みたいと思っている。

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なお、末日聖徒イエスキリスト教会については、中国で認可され
ていないので、外国人(主としてアメリカ人)が礼拝する支部が
あって、そこに改宗した中国人の会員も出席できる、(あるいは
別の集会場所に集まる)という形で、北京、上海など数か所にだ
け活動が見られる。9月12,13日上海にオークス長老が来て、地
方部大会が開かれる予定である。わたしは上海にいる知人(会員)
と会うことを兼ねて出席することにしているので、中国における
末日聖徒の活動状況を少しでも知ることができるのではないかと
期待している。


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コメント
 
 
 
留学生の改宗者 ()
2009-08-31 15:37:20
中国と言えば、何年か前に、中国からの留学生がバプテスマを受けた事が有りました。

京都では何人かの中国人留学生がバプテスマを受けていました。
確か、京都大学の留学生だったと思ったんですけど・・?頭も良くてエリートなんでしょうね。日本人と違って、元気が良かった(笑)

その後、中国へ帰ってるのでしょうが、どうしてるのでしょうかね??

私の印象では、モルモンの教義に関しては、ちょっと理解が違っていたかも??(笑)
 
 
 
中国人の改宗 (NJ(活路?))
2009-09-02 01:27:52
海外で改宗した多くの中国人は残念ながら国に帰って信仰を保つのはむずかしいと思います。あるいは教会を通り過ぎていく人たちと見るべきなのかもしれません。国に帰って信仰を維持、育てることが難しいとわかってバプテスマを行う教会の心理(神経)が私にはわかりにくいです。(キリスト教界に見られる図太さ、したたかさ?)

もし、lds教会が中国で将来受け入れられる可能性(活路?)があるとすれば目標達成型、行動重視型の特徴が魅力と感じられた場合ではないか、とハルピンの教会に出ていて感じました。

 
 
 
バプテスマ (ワサッチ)
2009-09-02 18:29:31
>(キリスト教界に見られる図太さ、したたかさ?)

『洗礼は、自分がすることをわきまえている人に授けられるべきである。その人は信仰の告白をする。人々のまえに立って、イエス・キリストを信じると言う。イエス自身にならって洗礼を受ける。・・・受洗者は成人でなければならないとは言いません。成人でも全然わきまえない人がいます。けれど、年が下か、上か、ということではなく責任をもって服従を証をする意思がある、そういう人が洗礼にふさわしい。
・・・もちろん、イエス・キリストは乳児のためにも死んでくださった。乳児も神のすべての祝福にあずかることが約束されています。」カール・バルト

安易にバプテスマをすることは
モルモン書で禁じられている幼児バプテスマに類するものだと思います。

「すべての幼児と律法のないすべての者はキリストによって救われている。」
「このような者にバプテスマを施すのは神を愚弄し、キリストの憐みとその聖い”みたま”の力とを否定して役に立たない形式にたよるのである。 」モロナイ8:22、23
 
 
 
そのとおりだと思います (NJ(本来))
2009-09-02 19:24:36
コメントありがとうございます。本来そうでなければならないですね。カール・バルトの言葉とBofMの聖句もありがとうございます。

中国人で改宗した人の中で、長老職を得、よい働きをした留学生や、かなり長く留まって在日の家族も改宗に導いた例を広島で知っています。ただ、9/2付けコメントで書いたような例も多いように思われましたのであのような文になりました。(ldsに限らない)。

話が変わりますが、ワサッチさんにお願いがあります。別にメールでお伝えしたいと思っています。
 
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