己のみは他界の属か 大樟の影大きくて南風渡る 薬王華蔵
*
夏の真昼間。社の杜の大楠の影が深い。落ち着いた影だ。緑色をしている。大楠は樹齢1000年を超えている。静かだ。神宮の前の広い砂場を独り占めしている。そこへそよそよそよと南風が渡ってきて、是で一層涼しくなった。
ふっと思う。此処に居る己は場違いなのではないか、と。現実世界が、俗界の己によって俗悪に塗り替えられてしまうのではないか。そういう不安が起こる。そしてその己一人がまるで他界の配属物のように心細く思えてしまう。
樟は楠に等しい。僕はよく自転車に乗って白角折(おしとり)神社まで出掛ける。ここに大楠が聳えている。楠の周囲は結界がしてある。俗悪な魔を入れないために。蝉とトンボと蝶以外、滅多に誰も此処へは来ない。ここはずばり、異境から遮断された霊界なのだ。