憂きわれをいかにせよとか若草の妻喚びたてて小牡鹿啼くも 良寛
☆
「若草の」は「妻」にかかる枕詞。でもここでは、春の若草に戯れている牝鹿を思い起こす方がいいかもしれない。
☆
良寬さまはどうしたことかメランコリックになっておられるようだ。鬱勃としていらっしゃる。それを見かねて、若い牡鹿が啼く。妻の牝鹿を急ぐように喚び立てて。良寬さまのご機嫌を立て直すかのように、明るく華やいだ声で。此処は何処だろう。鹿が戯れているところだから、山野であろうか。
良寬さまは寂しくしておられる。それを知って、牡鹿牝鹿が、ともかくも訪ねて来てくれたのだ。これは良寬さまのお人柄であろう。日頃愛情をふるまっておられたのだろう。
此の歌のいいところは、牽かれるところは、良寬さまが、そんなふうにやさしく鹿の鳴き声を受け止めておられるところだろう。
獣と人間とは情愛を共有することができる。それを実地に証明してみせておられるのかもしれぬ。良寬さまだったらそれくらいはたやすいかもしれぬ。