12月21日「琉球遺骨返還請求訴訟とは何か?なぜ京大は返さないのか」の学習会に参加しました。約50人ほどの参加者はでした。
「日本は琉球併合直後、すぐに県庁に簡単な日本語を教える『会話教習所』をつくった。小学校の普及は早かったが、46都道府県にある国立大学を、唯一沖縄にだけ造らなかった。徴兵できるように簡単な読み書きができればよかったのだ。盗骨も辺野古も差別政策が貫かれている。裁判の報告や今後の展望を学習し、みんなで返還訴訟を支え、勝訴していこう」と主催者の挨拶で始まりました。
松島さんが会場に来れなくなり、講演は現地と会場を結ぶスカイブで行われた。
「沖縄は国連で先住民族として認められ、辺野古の問題も政府は沖縄県と話し合うよう何度も勧告されている。先住民族の盗骨された遺骨は、先住民族に返還するのが世界の流れである。しかし、1928年~29年にかけて京大の助教授であった金関は、墓の親族や地域に断りなく百按司墓から遺骨を盗骨。26体が京大に保管されているが、京大は一切の問い合わせを拒否。大学による差別と人権無視であり、許しがたい。返還を勝ち取り、琉球の風習にのっとり再風葬していきたい」と訴えた。
アイヌの仲間や解放同盟の仲間から連帯の挨拶が続いた。
また、傍聴にいった仲間6名から11月29日の第4回裁判の様子などが報告された。
最後に2月27日の第5回公判への参加を呼び掛けて学習会は終了しました。
12月17日は官邸前で「土砂投入」の抗議のスタンディングを始めて1年たちました。沖縄出身の2人のイナグを中心に月曜日から土曜日までの毎日、4時から6時までのスタンディングを一年間、やり続けました。暑い夏も雪ふる夜も毎日続けた二人には頭が下がります。1周年の今日は、みんなが集まり、 ハンドマイクを手に、官邸にむかって「土砂投入を直ちに中止せよ」と一人一人が思いを語りました。怒りを訴えました。その後は、みんなで「月桃の花」「芭蕉布」「沖縄を返せ」「座り込めここに」「ふるさと」・・・・など歌い、最後は参加者全員で「辺野古の基地建設断念せよ」「土砂投入は直ちに中止せよ」などシュプレヒコールで終了しました。
辺野古の海は5800種とも言われる生物多様性のちゅら海。絶滅危惧種も262種以上住んでいます。調査すればするほど新発見の生物がいると言われる世界的にも貴重な海です。また、あの沖縄戦で廃墟となった故郷で、魚や貝、海草を取って命を支えたくれた大事な海です。
辺野古に新基地をつくるな!とどんなに沖縄の民意を示しても、一顧だにしない日本の政府は本当に許しがたい。「日米安保条約は支持しているが、米軍基地は沖縄へ」「自分たちの地域には米軍基地はいらない」という日本国民の差別的対応に怒りを覚えます。沖縄を軍事植民地化するのはやめてほしい。
「辺野古の新基地建設は世界一危険な普天間基地の代替」と政府はいうが、10年、20年、先の見えない基地建設で、政府は工期も工費も示していません。「普天間基地」代替などと、嘘を言ってほしくない。普天間第二小学校の子どもたちは、米軍ヘリからの部品落下におびえながら学校生活を送っています。約束した運用停止はとっくに過ぎています。
普天間基地は直ちに返還せよ! うちなんちゅ うせーてぃや ないびらんど~
辺野古の新基地を断念するまで、シュワブゲート前で座り込みをしている仲間と連帯して、これからも「官邸前の抗議のスタンディング」を続けます!
12月5日、午後3時55分、住宅の前に広がる田んぼの中で、照明弾が発見された。住宅からわずか50メートルの場所である。ちょうど稲刈りが終えたばかりで、作業する人がいなかったことが幸いであった。翌日6日には牛舎や作業小屋の近くでそれぞれ照明弾が見つかった。米軍は6日の午後に「60ミリ迫撃砲照明弾」と特定したそうである。
いずれも、沖縄自動車道を越えて住宅地に落下。自動車が行きかう沖縄自動車道には高圧電線鉄塔や高架があり、もし、自動車道に落下したなら、死傷者が起きたかもしれない。
いつまで、こうした事故におびえなけらばならないのか。しかも、地位協定により日本側の捜査や立件もできない。米軍のやりたい放題だ。南部の会は、日本政府や米国大使館・在日米軍司令官や在沖米軍対し、以下のような抗議文をだした。
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2019年12月13日
総理大臣 安倍 晋三 様
防衛大臣 河野 太郎 様
沖縄防衛局長 田中 利則様
外務省沖縄担当相 川村 裕 様
沖縄のたたかいと連帯する東京南部の会
「照明弾」の民間地への落下に抗議し、訓練中止を求める
12月5日午後3時55分、金武町の伊芸地区の田んぼで米軍の照明弾が見つかったのに続き、6日午前、近くで新たに2個の照明弾が発見された。照明弾は落下さん部分も含めて1.6メートル、金属部分は長さ約10センチ、直径5.5センチの円筒形、重さ250グラム。翌日の6日のお昼に米軍は60ミリ迫撃砲照明弾と特定したという。田圃は稲刈りが終わっていて、作業していなかったのが幸いであった。
落下場所はキャンプ・ハンセンから沖縄自動車道を超えて、住宅地とはわずか約50メートルしか離れていない民間地である。新たに発見された2個のうち、1個は牛舎近くの木にひっかかり、別の1個は近くの農作業小屋から10メートルしか離れていない川沿いの路上に落下していた。民家に落ちていれば、火災が起きていたかもしれないし、たくさんの車両が行き来する自動車道に落下していたら死傷事故が起きていたかもしれない。また、自動車道には高架や高圧線鉄塔もある。実際に、照明弾や曳光弾よって雑草に火がつき火事になったケースは多いという。伊芸地区では、1966年に夜間練習で打ち上げられた照明弾10発あまりが火をふいて住宅地や道路に落下し、住民150人余が避難するという事故も起きている。1972年の復帰から昨年12月末までにキャンプ・ハンセンや周辺で発生した火災は県が把握しているだけで517件に上るそうだ。
キャンプ・ハンセンでは実弾射撃訓練による原野火災や民間地への流弾事故、つりさげ訓練中の物資落下事故なども繰り返し発生している。狭い沖縄に70%以上の米軍基地がひしめき、日常的に基地と隣り合わせの住民に危険と不安を与えている状況は許しがたい。今度の照明弾事故や落下事故など米軍がらみの事件は県警が立件できないという理不尽、基地からのピーフォスなどの環境汚染、そのほかの事件事故と沖縄県民はどこまで踏みにじられなければならないのか。ましてや辺野古の新基地建設はもってのほかで認められるはずがない。この流弾事故に抗議するとともに、住宅地に近いキャンプ・ハンセンでの実弾射撃やつりさげ訓練、照明弾訓練などは中止するよう要請し、以下、要求する。
記
1、 事件・事故ある時は直ちに沖縄県や関係市町村に連絡せよ
2、 照明弾落下の原因究明・実効ある再発防止を図るまで、訓練を中止せよ
3、 住宅地に近いキャンプ・ハンセンでの実弾射撃訓練・つりさげ訓練・照明弾の訓練を中止せよ
4、 日米地位協定を沖縄県議会決議にそって、抜本的に改定せよ
5、 沖縄県が必要とする環境問題への県の立ち入りを認めよ