4月16日
水口神社の参道を通って、旧東海道に向かいます。
クロマツ並木も昔の街道の雰囲気を醸し出してますね。
水口神社の春の例大祭、水口曳山まつりで使われる曳山を保管している各町内の蔵を眺めつつ、北東方向へ進んで行くと・・
三叉路に出ました。
この真ん中の道が旧東海道で、左右にも道が伸びていますね。
豊臣時代以前は東海道になる真ん中の道と農村があるだけでしたが、豊臣時代になると道を3本にして城下町とし、甲賀武士を住まわせたそうです。
秀吉は甲賀武士(甲賀忍者)に対しては懐疑的で、裏切りが起きないよう水口岡山城から監視していたと言われます。写真の左の緑はかつて水口岡山城があった古城山の裾野です。
NHK『ブラタモリ』の甲賀・信楽の回でタモリさんもこの場所を訪れていました。
三叉路の真ん中には曳山を模した時計があり、東海道水口宿を示すモニュメントになってます。
石橋に彫られた東海道の文字。
近くには近江鉄道 水口石橋駅がありますが、この東海道の石橋が駅名の由来になったそうですね。
甲賀市ひと・まち街道交流館では水口宿を中心とした市の歴史の紹介や観光情報を発信している他、ご当地グッズの販売も行われてます。
水口岡山城 歴代城主の顔出し看板
過去記事<水口岡山城跡散策>
歌川広重が描いた東海道五十三次 水口宿
400年前から続く名物の水口干瓢(かんぴょう)を干している女性たちの姿が描かれています。
交流館の裏手にある公園もいい雰囲気ですね~
水口宿は京三条大橋まで50km、江戸日本橋まで445kmの位置です。
こちらの建物には曳山が保存されてます。
交流館でお願いすると中を見学させてもらうこともできますよ。
これが水口神社の例大祭 水口曳山祭で奉納される曳山で、屋根までの高さはおよそ6m、京都祇園祭の山鉾の屋根までの高さに比べて2mくらい低いサイズ感ですね(祇園の山鉾は屋根の上の飾りの鉾先まで含めると15-25mになります)。
三叉路そばの精肉店の駐車場。
かつて江戸の徳川将軍家へ京都宇治の茶を献上するための行列、御茶壺道中の休憩場所だった御壺置所がこの辺りにあったそうで、ブラタモリでも紹介されてましたね。
おしまい
過去記事<水口散歩 水口神社から旧東海道へ(1)>
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