登録番号 第28号 前沢牛
特定農林水産物等の区分 第6類 生鮮肉類 牛肉
特定農林水産物等の生産地 岩手県奥州市前沢区
登録生産者団体 岩手ふるさと農業協同組合
特定農林水産物等の特性 岩手県奥州市前沢区では、西に奥羽山脈、東に北上山地が聳え、そこから流れ出るきれいな雪解け水をはじめとした、自然環境に恵まれた大地で育った良質な稲わら、干し草や穀類を飼料として与えるとともに、生産者の愛情を1頭1頭に注ぎ、ストレスをかけず、牛にとって優良な環境で肉用牛の肥育を行ってきた。地域で作った良質の稲わらを粗飼料及び敷料に使用し、たい肥を水田や畑に還元するという自然循環型の肥育スタイルをとっており、稲わらを吟味し、良質かつ清潔なものを給餌するために、稲わらの収穫と確保には最大限の努力をしてきた。
肥育素牛には、黒毛和種の去勢牛を主に活用する事で、他産地との競合を避け優秀な素牛を確保するとともに、他産地との差別化を図り、生産者の手取りを増やすことを目指してきた。1戸あたり平均25頭前後という小頭数の肥育経営を中心に、サシを入れる為の技術を要する去勢牛の品質を高めるため、農家の飼養スタイルごとに、一頭一頭こまめな管理を行ってきた。
「前沢牛」として出荷されるのは、公益社団法人日本食肉格付協会の定める歩留等級が「A」又は「B」で、かつ、肉質等級が「4」以上の牛肉だけである。
「前沢牛」は上質できめ細やかな霜降りで、しっとりし、料理人をうならせるほどの肉質であり、その脂はしつこくなく、食すと上質な香りが口の中に広がり、肉が溶けるように感じられる極上の牛肉である。焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなど、どんな料理でも最高の味わいを与えてくれるが、特に絶妙な加減で炙って供される「前沢牛のにぎり」は、十分に熟成させた肉の甘みや、柔らかな肉質を最大限に引き出し、「陸のトロ」と呼ばれている。
昭和40年代に黒毛和種の肥育を始めた当初は、「岩手のガリ牛」と酷評を受けたが、「前沢牛が全国の共進会でトップをとる」という目標のもと、地域が一丸となって生産技術の向上に取り組み続けた結果、昭和53年には東京食肉市場で当時の最高販売価格を更新した。また、昭和61年に全国肉用牛枝肉共励会で名誉賞(農林水産大臣賞)を受賞したことを皮切りに、その後も全国規模の各種共進会・共励会等で最優秀賞の受賞を重ね、平成26年度の全国肉用牛枝肉共進会において、全国最多となる通算6度目の名誉賞(農林水産大臣賞)を受賞している。「前沢牛」は、このような地域の取組による数々の受賞歴を背景に、東の横綱「前沢牛」として全国的な知名度を有している。
地域との結び付き -
*https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/28.html より
「前沢牛」は、岩手県奥州市前沢区において最長期間、最終的に飼養された肥育牛から得られた、きめ細やかな霜降りと、しっとりした食感に優れた肉質が特徴の牛肉です。
自然環境に恵まれたこの地域で育った良質な稲わら、干し草や穀類を飼料として与えながら、生産者の愛情を1頭1頭に注ぎ、ストレスがかからない環境で肉用牛の肥育を行ってきました。この地域の稲わらを粗飼料及び敷料に使用し、たい肥を水田や畑に還元するという自然循環型の肥育スタイルがとられており、良質かつ清潔な稲わらを吟味して給餌するために、稲わらの収穫と確保には最大限の努力が払われています。
肥育素牛には黒毛和種の去勢牛を活用することで、他産地との競合を避け優秀な素牛を確保するとともに、差別化を図ることを目指してきました。一方で、肉質を高めるためにサシを入れますが、去勢牛にサシを入れるのは技術を要します。1戸あたり平均25頭前後という小頭数の肥育経営が中心であり、農家の飼養スタイルごとに一頭一頭こまめな管理を行っています。
「前沢牛」は上質できめ細やかな霜降りで、しっとりし、その脂はしつこくなく、食すと上質な香りが口の中に広がり、肉が溶けるように感じられる極上の牛肉です。焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなど、どんな料理でも最高の味わいを与えてくれますが、特に絶妙な加減で炙って供される「前沢牛のにぎり」は、十分に熟成させた肉の甘みや、柔らかな肉質を最大限に引き出し、「陸のトロ」と呼ばれています。
岩手県奥州市前沢区は、北上盆地の南部に位置し、中心部に北上川が流れており、奥羽山脈、北上山地から流れ出でる豊富な雪解け水、そして肥沃な大地が米づくりに適しており、良質かつ清潔な稲わらの供給が可能です。
それまで馬の産地であった地域性を活かして、1950年代に岡山県や島根県から繁殖雌牛を導入し、黒毛和種の子牛の生産が始まりました。 当時はまだ子牛の生産のみで、肥育は行われていませんでしたが、子牛は地元からの引き合いがなく価格は低迷していました。このような状況の下、1965年に前沢町農業協同組合が発足すると、肥育専門部会が設立され、黒毛和種の肥育が開始されました。1971年には、地域の生産技術や生産意欲の向上を図る目的で、地域内の優秀な肥育牛を表彰する前沢牛枝肉共進会が初めて開催され、現在に至るまで継続しています。またこの時、初めて「前沢牛」の名称が使用されました。
1978年には、肥育経営・技術を先導するリーダーを育成する取り組みが開始され、高度な肥育技術の習得と、そのノウハウの伝達・浸透が進んでいます。また、1980年頃から、生産者を対象として、専門講師を招いての飼養管理研修や購買者、買参人等を招いての懇談会等が開催され、地域全体の生産技術向上が図られています。
これらの取り組みにより、肥育牛の生産が軌道に乗り、出荷された肥育牛の枝肉情報が繁殖農家に還元されるようになったことから、「前沢牛」を子牛から肥育牛まで地域内で一貫生産する体制が構築されてきました。このことも、前沢牛銘柄が確立した要因の一つと考えられます。
1985年、前沢町制施行30周年を契機に、前沢牛の消費拡大として「前沢牛まつり」が開かれ、今日まで毎回3万人を超える来場客で賑わいを見せています。町の看板、橋の欄干、街灯やマンホールに牛のモニュメントを作成し、町のシンボルとしての「前沢牛」をアピールする活動が展開され、「牛の町」として全国的に知られるようになりました。
*https://gi-act.maff.go.jp/register/entry/28.html より
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