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<日本酒メーカー> 北海道 男山

2024-01-05 06:46:50 | 日本酒

 「男山株式会社」

 男山株式会社(おとこやま)は、北海道旭川市にある企業(酒造メーカー)。全国各地に「男山」の銘を使用した酒や蔵元があるが、男山株式会社が本家を伝承している。

 概要
 旭川で創業した「山崎酒造」がかつて伊丹にあった正統・男山の「木綿屋山本本家」を継承している。大雪山の伏流水と清酒(日本酒)醸造に適した気候風土に恵まれている。企業博物館の「男山酒造り資料館」を併設しており、男山に関する名品、資料、文献を紹介しているほか、試飲や購入ができるコーナーを設置している。敷地内には工場緑化の一環として「男山庭園」(北方圏外国樹木見本園)が整備されている。毎年2月の第2日曜日に『酒蔵開放』を実施して出来たての酒を楽しむイベントを開催しているほか、旧暦の七夕に合わせて『曲水の宴』を行っている。旭川市と比布町の境にある突哨山には北海道内最大級のカタクリ群落を有する「男山自然公園」を所有しており、4月中旬頃から5月上旬頃までの期間のみ開園している。

 歴史
 男山は、1661年(寛文元年)に五摂家筆頭の近衛家が伊丹の領主として清酒(日本酒)の醸造を推奨した頃に誕生している。当時の造り酒屋「木綿屋山本本家」は元禄から享保にかけて最盛期を迎え、江戸幕府の第8代将軍・徳川吉宗の御膳酒になったと伝えられているほか、下り酒のブームを巻き起こして元服の祝儀の定番になった。こうして「男山」の酒名は美酒の代名詞となり、醸造家たちが次々に自分たちの酒に冠していったが、その後の灘酒ブームなどにより木綿屋山本本家は明治の初頭に廃業した。昭和になると旭川の酒屋「山崎酒造」が木綿屋山本本家の末裔を訪ね当てたことで正統・男山が復活した。

 男山株式会社の前身である山崎酒造は初代・山崎與吉により1899年(明治32年)に旭川で創業した。当時の銘酒は「今泉」「今与旭」などがあり、大正から昭和にかけて3,000石を超える石高になったが、その半数以上は内地への移入酒であった。品質向上や蔵元団結を図り、戦時下の統制を乗り越えた山崎酒造は1968年(昭和43年)の新社屋竣工とともに社名を「男山株式会社」と改称し、同時に「男山酒造り資料館」を開設した。すでに「男山」を冠した商品があったが、この時に木綿屋山本本家の末裔の後胤から正統を伝承する印鑑と納め袋が3代目・山崎與吉に手渡された。その後、男山は独自路線で海外市場を開拓し、1977年(昭和52年)から長きに渡って『国際酒類コンクール』『世界酒類コンクール』で金賞を受賞しているほか、『欧州酒類コンクール』『モンドセレクション』などの各賞を受賞している。

*Wikipedia より

 代表銘柄

男山 純米大吟醸

蔵人の手仕事で醸す、男山の最高峰
1977年、日本酒で世界初となるモンドセレクション金賞を受賞。以来40年にわたり受賞を継続しており、他にも国内外の酒類コンクールにおいて数多くの金賞受賞を誇る、当蔵を象徴する純米大吟醸です。選び抜かれた兵庫県産山田錦を38%まで磨き、洗米・蒸米・製麹など醸造工程の大半を人の手で行うことで生まれる至高の味。穏やかな含み香、淡麗ながらも豊かに広がる上品な味わいを是非お楽しみください。

造り:純米大吟醸酒精米歩合:38%アルコール度:16度味わい:やや辛口

国芳乃名取酒

北海道の澄んだ気候が育む、大辛口の純米酒
微かに酸を感じるシャープな切れ味が特徴、男山一番の大辛口の純米酒です。赤穂浪士達が男山の酒を飲む姿を描いた歌川国芳の浮世絵「誠忠義臣名々鏡」から名前をとっており、海外では「特別純米 男山」の酒名で展開。お寿司やお刺身との相性の良さから、世界中で求められる『SAKE』へと成長しています。

造り:特別純米酒精米歩合:55%アルコール度:15度味わい:大辛口


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