『遠野物語』は、本棚の奥にあった未読の書です。昭和30年発行の文庫本で、角川書店が出しています。老眼鏡なしで読めない小さな活字なので、ずっとそのままになっていました。紙も黄色に変色しています。
著者の柳田氏も、本の題名も、昔から知っていますが、詳しいことは何も知りません。kiyasumeさんとの約束がなければ、本棚の隅に置いたままだったと思います。本文は194ページですが、本文以外のものが沢山あります。
1. 初版序文 ( 柳田国男氏 ) ・・ 3ページ
2. 再版覚書 ( 柳田国男氏 ) ・・ 3ページ ( 昭和10年 )
3 初版解説 ( 折口信夫氏 ) ・・ 5ページ ( 昭和10年 )
4. 解 説 ( 大藤時彦氏 ) ・・19ページ
5. 年 譜 ( 鎌田久子氏 ) ・・13ページ
6. 索 引 ・・ 9ページ
解説と序文を読むだけで、しっかりと時間がかかり、まだ本文には届いていません。解説を読んでいますと、これは大変な本だと身が固くなります。
大藤時彦氏の解説の一部を紹介します。
「『遠野物語』は、日本民俗学開眼の書であるが、」「その初版の発行以来、今日まで、文学の書としても味読されてきた。」「昭和43年9月には、明治後期の文学書として、」「日本近代文学館の、名著全集の一冊に加えられた。」
「柳田先生には、民俗学者より前に、」「文学者としての生活があったのだから、」「これを文学書として読むことは、結構である。」「詩人であった先生の溢美の文章は、醇乎たる文芸作品となっているからである。」
元々私は本の解説を、作者と作品を褒めるための宣伝文だと思っていますから、重きを置いていません。中身はそれほどでもないのに、日本はおろか、世界にも通用する一流作品と、歯の浮くような解説もありました。私は密かに、本の解説は不動産屋の広告みたいなものだと思っています。
有名な本なので、どういう経緯でそうなったのか、簡単な事情を知りたいだけですが、そうはいきませんでした。「序文」「解説」や「年譜」・「索引」まであるのですから、何重もの扉に守られた寺の御本尊様のように思えてきます。自分のような罰当たりに、氏の著作が理解できるのだろうかと、そんな不安さえ湧いてきました。
本の最初にある「初版序文」を、紹介します。柳田氏自身の言葉です。
「この話は全て、遠野の人佐々木鏡石氏より聞きたり。」「明治42年の2月頃より初めて、夜分おりおり訪ね来たり、」「この話をせられしを筆記せしなり。」「鏡石君は、話上手にはあらざれども、」「誠実なる人なり。」
「詩人であった先生の溢美の文章は、醇乎たる文芸作品となっている」と、大藤氏が説明していますが、古めかしい文章に、私は溢美を感じませんし、醇乎たる文芸作品とも思いません。時代が違えば、同じ日本人でもこのようになるのかと、まさに生きた勉強です。
そうなると、著者である柳田氏について知りたくなります。巻末には、鎌田久子氏による「 年譜」が、13ページに渡って詳述されています。生まれてから氏が88才になるまで、通った小学校・中学校の名前、両親、兄弟、親類縁者の名前と経歴。さらには氏が著した著作とその年齢など・・しかしこれは詳しすぎて、私の目的に叶いません。
私が知りたいのは、著作を読むための予備知識ですから、おおよそどのような人物であったかで十分なのです。常緑樹の森か、落葉樹の森か、木は針葉樹なのか、広葉樹なのか。森の全体が分かればいいのですから、森の木の一本一本を語られると用を足しません。
結局は、ネットで調べることになりました。
「明治8年に生まれ、昭和37年に88才で没。」「日本の民俗学者。官僚」「明治憲法下で、農務官僚、貴族院書記官長」「終戦後から廃止になるまで、枢密顧問官」「日本学士院会員、文化勲章受賞、勲一等旭日大綬章」
これで、私などお呼びもつかない雲の上の人であることが分かりました。
「〈 日本人とは何か 〉という問いの答えを求め、日本各地や、」「当時の日本領の外地を、調査旅行した。」「初期は山の生活に着目し、『遠野物語』で、」「〈 願わくは之を語りて、平地人を戦慄せしめよ 〉と述べた。」「日本民俗学の開拓者であり、多数の著作は今日まで重版され続けている。」
〈 日本人とは何か 〉という問いの答えを求めているところは、私と同じですが、それ以外は共通点がありません。
『遠野物語』が、〈 平地人を戦慄せしめよ 〉という内容なのか、それはこれからの楽しみです。私と氏は、どこで交わるのか、興味深くもあります。しかも『遠野物語』は、吉本隆明氏の『共同幻想論』を理解するための、参考書の一つでしかありません。どこで交わるのかという疑問は、柳田氏で終わるのでなく、吉本氏まで続きます。
kiyasumeさんは、師走の慌ただしい時に、大変なプレゼントをくれました。どんな世界が見えてくるのか、腰を落ち着けて向き合いたいと思います。