〇…そんな悲報のため、昨夜のFMのつよしさんは後で聴くことにしました。どうか、スティーブ・エトウ先生やKenKenさんつながりのご縁に免じて許してくだされ。今日LIVEのDISCが出るのね。それで雑誌とかあちこちに出てるんだ。
結局ずっとあれこれ聴きながら大量のTLを斜め読みしてぼうっとしていて、気づいたら朝の2時半という恐ろしい時間になっていた。こんな時間まで起きていて夜型生活でまだよかったのは、Soft Ballet借りて聴いてた20代の頃までである。(その後、専門の社会人生活が本格化してからは、夜眠れなかったとしても関係なく、すっかり朝起きないといけなくなってしまった。寝不足ですさんだ危険な心の状態を、BGMに溺れることで緩和してかわしながら過ごしていく日々となる。)というわけで今日も出勤。
自分の場合、趣味の音楽や映画の話をする相手を同じ職場には作らず秘しており、それ以外の趣味の友人に話すか、この「別室」に書くくらいで、常々ひっそりとこっそりと生きている、と以前にも書いたとおりである。だから、昨日の夜は泣いたわけでなく、今日の昼間も心の中はともかく、仕事はずっと普通にしていた。
しかし、夕方、デスクワークの休憩時に、掟ポルシェ先生のツイートを見た時は、ふっと気持ちがゆるんだ。まさにこのへんの音楽は我々には、どストライクなはずなので、えらくBright My Way押しの掟先生もさぞ悲しんでおられるだろうとは予想していたが、まさしく、モリケンさん追悼の熱い気持ちが文面にあふれている。昨日、先生はどうやら福岡にお仕事でいらっしゃったようだ。同じ市内の空の下にいて、悲しんでるんだ。読んでいてほんとに、やあ、そんなら一杯、これから居酒屋かどっかで、一緒に飲みたいですね、みたいな共感的な気分になる。心の中に秘めた気持ちがほころんだ瞬間、その時初めて、ちょっと目がうるっときた。
それにしても森岡賢さんの「人脈」は凄いなと思いながら、改めてあれこれと音楽を聴いている。一種浮世離れした前衛的インパクトがあったもんな。日本の歌謡界の規模でなくてだいぶ世界標準だったが。「20年早く来過ぎた」どころか、先を行くモリケンさんに、20年25年かかっても日本が遅れていて、ついに追いつけなかったのだ、というべきだというツイートなんかも見たりする。
BGM:Back Lush / Soft Ballet (「3 (drei)」)
これを後輩に最初に借りた時は「えっ…これHaloみたい…」とDepeche Modeを先に聞いてる者としては思わずにいられなかったもので、同様にEarth Bornも正直Never Let Me Down Againかと(アレンジの音色とか聴くと、今でもやはりウケて少し笑ってしまう)。だがよく聴くと、この手のを「ここまでやっちゃう」こてこて徹底的センスと技量の日本のユニットというのはなかなか他になかったのではないかと思う(だいたいデペッシュ・モードおたく、という段階で自分なんかひっそりと日陰に深くもぐってたし)。YMOよりも当時の英国系のようにゴリゴリしていて次世代感に満ちており、まず遠藤さんのガチな男前の声だけでも反則である。Dave GahanとかDavid Sylvian系の低い(うちの親いわく「青大将声」の類にあたる)朗々たる耽美ボーカルと言われてもいた。
それに、むしろ、こういうところからPOPやROCK等の一種の「本歌取りの手法」を学んで、その後はそういう興味でも音楽を聴けるようになって、単純な子供の頃とは違う聴き方ができるようになり、随分理解の幅が重層的に広がったようなところがある。そんな理由で、90年頃の日本のやつというと、自分の場合はBUCK-TICKでもBOOWYでもなくソフト・バレエが記憶に残ってるのかなと思う(L'Arcはその後随分後になってからだ)。(20160608)
(写真:回収自動販売機の集積場の前にいるキイロイトリ)