



「角屋」は初の家プロジェクトで、200年以上前の家を、漆喰仕上げ、焼板、本瓦を使った元の姿に修復したそうです。
直島がアートな島として再生しようと美術館などが出来ても、島民の皆さんは最初の頃は他人事のようで、今のような感じではなかったそうです。
そんな中、この作品の作者 宮島達男氏が島民の皆さんにカウンターを渡しそれぞれが好きなスピードで時を刻むというアートを試みました。
この作品 「Sea of Time '98」へ の参加により、島民の皆さんもアートに対して積極的になり今日に至っているようです。
客家(はっか)という中国の少数民族(孫文、鄧小平、李登輝などの有名な指導者を輩出)の教えに、
百聞は一見にしかず、されど百見(ひゃっけん)は一行(いっこう)にしかず
→→→百回聞くよりも一回みた方が早い、さらに百回見るよりも一回体験したほうがもっと早い
というのがありますが、やはり遠巻きに見ているよりも、一度の参加で意識も大きくかわるようです。
客家の教えは前にブログで紹介しているのでご参考に、
http://blog.goo.ne.jp/publicitydiary/e/7ac18e444774735a347262eaaf60e41d
さて、その角屋の「Sea of Time '98」ですが、たどり着いたのは16:29いや、16:30?
すぐに出るからと言うことで、急いで裏に自転車を留め、特別に見学させてもらった。
家プロジェクトに関しては事前予習をほぼしていないので、その時はどんなアートが待っているのかわからないまま、古い町家の中に吸い込まれて行った。
中は薄暗く、何かがチカチカしている。
見てみると、家の中に水が引かれており、その中を色々な色のカウンターが瞬いていた。
廊下というか、水辺?を暗い足元の中、歩くのはちょっと不安だし、瞬くカウンターがその不安感を煽る。
なんか、多くの作品が五感を研ぎ澄まし挑んでくるように感じるのは私だけだろうか。
修復された町家は時の流れをそのまま留めているのか、その薄暗さも昔し、昔しの時代の生活の色なのかとも思われる。
行灯の生活だったらこんな感じなんだろうか?
カウンターがどこまで時を重ねると現代の灯りになるのだろうか?
ふと、そんなことを思ってしまった。
現代アートは奇怪なものが多いですが、地中美術館の作品や、須田さんの作品やこういった作品なら理解できるかも。
ちょっと心配なのは、水を張っているので、町家が痛まないかなぁと思うこと。
閉館間際だったのに、入れてくれた係りの人に感謝。
これにて家プロジェクトを4軒とANDOミュージアムの計5軒を足早に観れた。
次回はゆっくり廻りたい。
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家プロジェクト 角屋
http://benesse-artsite.jp/art/arthouse.html
http://www.osanpo-tokyo.com/travel/chugoku_shikoku/1310naoshima/naoshima218.html
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沢山、写真がアップされているが、昔は撮っても良かったのだろうか???
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