清水区横砂方面へ出かけての帰り、ちょっと寄り道。
国1バイパスを横切る細い地下道を抜けたら、神社があった。

ん? なんて読むんだろう。
「廬神社」の「廬」は「庵」という字。
鳥居をくぐった右手には、土俵がある。

化粧回しをした力士の写真が貼ってあり、袖師での相撲の歴史についても書かれている。
”袖師村は昔から青年角力(すもう)が盛んな土地で、盛大な奉納角力が行われていた。”とある。

そして、ほんとの寄り道したかった場所は、神社の東隣にあるここ。

水道施設のようで、立ち入り禁止になっている。
お城へ通じる階段へも踏み込めない。
三十数年前に一度だけ、階段を上ってこのお城まで行ったことがある。
そのとき以来昨日まで、この辺りへ来たことがなかった。
当時は神社の存在すら気付いていなかった。
今、見てみると興味深い。

あのころ疑問に思ったことがまたわいてきた。
水道施設みたいなのに、なぜお城にしたんだろうなぁ……。
国1バイパスを横切る細い地下道を抜けたら、神社があった。

ん? なんて読むんだろう。
「廬神社」の「廬」は「庵」という字。
鳥居をくぐった右手には、土俵がある。

化粧回しをした力士の写真が貼ってあり、袖師での相撲の歴史についても書かれている。
”袖師村は昔から青年角力(すもう)が盛んな土地で、盛大な奉納角力が行われていた。”とある。

そして、ほんとの寄り道したかった場所は、神社の東隣にあるここ。

水道施設のようで、立ち入り禁止になっている。
お城へ通じる階段へも踏み込めない。
三十数年前に一度だけ、階段を上ってこのお城まで行ったことがある。
そのとき以来昨日まで、この辺りへ来たことがなかった。
当時は神社の存在すら気付いていなかった。
今、見てみると興味深い。

あのころ疑問に思ったことがまたわいてきた。
水道施設みたいなのに、なぜお城にしたんだろうなぁ……。