らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

意地

2015-01-28 | 雑学

よく「歳を取ると頑固になる」とか「子どもになる」、「他人の言う事を聞かない」、「意地っ張りになる」等と言われます。
我が身を振り返ってみると、何となく当てはまることがあるような気がします。

ところで、意地っ張りと言えば、この人の右に出る人はいないのではないでしょうか。
そうです、韓国の朴槿恵大統領です。この人の一貫した反日政策は素晴らしいです。
経済も危機管理も二の次で、一番重要なのが反日であり、大統領に就任して以来、現在までの2年間は反日一筋です。
お見事です。
その結果、韓国経済は今や破綻の道を一直線に進んでおり、朴大統領の支持率は35%と最低を更新しており、韓国メディアからも総スカンを食らっているそうです。
おっと!このような記事を書くと産経新聞の記者のように逮捕されるかもしれないのでこの辺にしておきますが、さて、今日は朴槿恵大統領が最も大事とする「意地」について調べました。

「意地」とは、元々仏教にまつわる言葉だそうです。
仏教には、「六根」という考え方があって、六根とは、眼根(見る)、耳根(聞く)、鼻根(においを嗅ぐ)、舌根(味わう)、身根(触れる)、そして、意根(感じる)をいいます。
このうち、六番目の『意根』が「意地」の基とされているそうです。

「意根」は「感じる」なので、「意地」とは、「物事に対してある感情を持つこと」つまり、「心の持ちよう」「気持ち」のことをいう言葉でした。
そこで、古くは、「性格や気立てがいいこと」を、『意地がいい』といい、一般的に使われていたのだそうです。

ところが現在は、「意地が悪い」とはいいますが、「意地がいい」とは言いません。
本来、気持ちのことを言う「意地」という言葉は「良い」「悪い」の両方の意味で使われていたのですが、時代とともに、ややマイナスな印象で捉えられることが増えていったということです。
その理由には、日本の文化的な背景があるのかもしれないといわれています。
「意地」というと、「自分の主張や行動を押し通そうとする心」という意味合いが強くなり、「和」の精神を大切にする風潮から、協調性がないように感じられ、「意地をあまり張り過ぎると、周りの人とうまくいかないよ」という思いから、「意地」の使われ方・印象が少しずつ変わっていったのではないか、と考えられているようです。