カミさんからも「大仏が見たい」リクエストがあって
今回も参観してきた奈良・東大寺であります。
世の流れにつれたびたび訪れますが、今回印象はやはり中国です(笑)。
まぁまぁ、すごい。伊勢神宮ではまったく聞かれなかった中国語が
ここでは、ほぼ満艦飾のようであります。
たまに日本語や英語を聞くという程度で、圧倒的多数派。
日本人は大仏の前で大声を出すような習慣がないせいもあるのか。
いや、欧米系もそう大声を出す習慣はないと思う。
それに対して、中国の人はやたら騒がしいという印象がある。
コモンセンスについての認識の根源で違う部分があるのか?
家族とか一族というような意識が過剰で、
それを超える社会性に対しての認識に違いがあるのかも。
まぁそれでも、せっかく来ていただいているのですから、
観光立国ニッポンの戦略としてはありがたいと思います。
ただ、京都などではそろそろ総量規制的な動きもあるといわれる。
なかなかむずかしい問題になってきているのかも知れませんね。
中国歴史では仏教は大きく発展したけれど、
かの国はそれ以上に専制独裁権力国家であり続けてきたので、
宗教弾圧が繰り返されても来た。結果、
仏教施設の破壊が定期的にもたらされてきている。
近くは中国共産党・文化大革命によって仏教は殲滅的被害を受けた。
そういうかれらにとって、千年以上、多少の災禍はあっても
文化が基本的に大切に継承されてきた日本仏教は興味深いのでしょう。
そのなかでも日本国家が成立して世界に大きなメッセージとして発信した
この国家巨大公共事業の嚆矢といえるのが、奈良大仏でしょう。
いまみても、そのスケール感には圧倒される。
この大仏殿がもっとも危殆に瀕したのが、平家による南都焼き討ち。
そこからの再生のために鎌倉時代に建立されたのが、
この阿吽の金剛力士像2体であります。
昨年東京国立博物館で展示開催された「運慶」展を見学したあとなので、
たいへん興味も増した「再見」でありました。
それとこの2体はまごうことなき「国宝」なのですが、
国宝の中でいちばん身近に親しむことができているものでもあると思います。
奈良再興の総合プロデューサー・重源さんの構想の中でも
この大仏殿を守護する役割の金剛力士像は、相当重視されたに違いない。
なんといっても、災難から仏を守る使命を込めた力士なのです。
依頼を受けた運慶さんになるこの力士像の力感、迫力は格別。
もう二度と戦乱で大仏を危難にさらしてなるものかという、
まさに民族的な強い意志をそこに感じる。
運慶さん的なリアリズムがその意思の表現に、まさにハマっている。
平和を達成するための力強い「防衛力」。
なにやら現代ニッポンにとっても、きわめて暗示的ですね。