「ゼロ・グラビティ」(Gravity) のアルフォンソ・キュアロン監督による、1970年代のメキシコシティを舞台にした半自伝的ヒューマンドラマ。ヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞ほか、ゴールデングローブ賞、アカデミー賞で外国語映画賞を受賞しました。
劇場公開ではなく、映像ストリーミングサービスの Netflix でのみ配信、ということでも話題になっていた本作。既にヨーロッパの映画賞で高い評価を得ていましたが、アカデミー賞では (劇場公開作品ではないので) 対象とすべきか、議論をよびました。スピルバーグ監督の意見に対する Netflix の回答も興味深かったです。
というわけで、映画は見たいけれど、そのために Netflix に入会するのもな~と躊躇していたところ、イオンシネマで限定公開されると知り、横浜の港北ニュータウンまで遠征してきました。その後、拡大上映することが決まったようです。(映画.com)
とにかく映像がすばらしい作品なので、できれば劇場の大きなスクリーンで見ることをお勧めしたいです。モノクロ映画ですが、最新の技術で撮影されているので解像度が高く、細部にわたって色のグラデーションがきれいでした。
前置きが長くなりました。^^;
ほとんど予備知識なく見始めましたが、オープニングから意表を突かれました。タイルの上をざ~っと水が流れ、ブラシで床をこする音が聞こえる...というシーンがしばらく続きます。この穏やかな数分間で、ぐっと映画の世界に引き込まれました。やがてそこは、市街地にある家のガレージで、メイドさんが掃除をしているのだとわかります。
彼女の名前はクレオ。メキシコシティのコロニア・ローマという地区にある家で、ソフィア夫婦と4人の子どもたち、ソフィアの母、2人のメイドがいっしょに暮らしています。物語はクレオの目を通じて展開していきますが、見ているうちに、おそらく子どもたちのうちの一人が監督で、これはきっと監督の自伝的な物語なのだろうな...と気が付きました。
70年代のメキシコシティを舞台に、モノクロのノスタルジーあふれる映像で、何気ない日常が描かれます。インテリの夫婦と元気でのびのびとした子どもたち。クレオは家事や子どもたちの世話に明け暮れますが、家族の信頼は厚く、子どもたちもクレオのことが大好きです。
平和で穏やかな日々の中で、クレオはお腹に小さな命が宿っていることに気がつきます。ボーイフレンドのフェルミンに打ち明けるも逃げられ、くびになることを恐れて、雇い主のソフィアにもなかなか相談できずにいましたが、ソフィアはクレオの妊娠を心から喜び、彼女の事情を受け入れるのでした。
詳細については映画に委ねますが、無口で健気なクレオがとても愛おしく感じられました。若くして望まない妊娠で、子どもを受け入れる心の準備も整わない中、どれほど不安な気持ちでいたことか。彼女の中には、不幸な結果に安堵する気持ちと、そんな自分を責める気持ちとが葛藤していたのだと思います。
そうしたすべてが、浜辺でのあの一言に込められていた、と感じました。そしてそんなクレオを、やはり一言で丸ごと受け入れるソフィアの深い愛にも心打たれました。ソフィアはソフィアで、つらい思いを乗り越えようとしているところでしたが...。
この作品では、男たちが人でなしでだらしなく、女性たちが美しくたくましい。女性賛歌の作品だと思いました。監督を育ててくれた、母親とメイドさんに感謝をささげる作品でもあるのでしょうね。
おもしろかったのが、ソフィアの夫へのいら立ちを車の運転で表現していたこと。ガレージにぎりぎりぴったり駐車することに無上の喜びを見出す夫と、そのことがストレスになっていた妻。自分に合う車を手に入れたソフィアは、さばさばとしてうれしそうでした。