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今回ご紹介するのは「面白くてよくわかる!フロイト精神分析」(監修:竹田青嗣)です。
-----内容&感想-----
島本理生さんの「夏の裁断」という小説を読んだ時、島本理生さんが中学生時代から臨床系の心理学の本を読んでいたことを知りました。
小説の主人公、千紘は心理学を学んでいて、これは心理学の本を読んでいた島本さんの経験が反映されていると思いました。
そして千紘の性格は13歳の頃に性的に酷い目に遭ったのが大きく影響しているようでした。
この「過去にあった何らかの事件が大きなトラウマとなり現在の性格に影響を与える」というのはカール・グスタフ・ユング、アルフレッド・アドラーと並ぶ心理学三大巨頭の一人、ジークムント・フロイトの心理学の考え方です。
なので島本さんが中学生時代から読んでいたという臨床系の心理学の本はフロイトの心理学の本ではと思いました。
そこで今回、以前読んだ「面白くてよくわかる!ユング心理学」(著:福島哲夫)と同じシリーズの本作を読んでフロイトの精神分析学を簡単に知ってみることにしました。
最初の「はじめに」で、早速フロイトの精神分析学の核心部分への言及がありました。
フロイトの理論では、人間の行動や文化のありようの全てが、性的なエネルギーを根本要素として説明されるとのことです。
私には全部が性的エネルギーなのは信じられないです。
私は昨年の初秋に「ユング名言集」を読んだのをきっかけに心理学関係の本を少しずつ読んでいるのですが、このことが頭にあり心理学三大巨頭の中でフロイトの心理学は敬遠していました。
P12「無意識についてのフロイトの理論を、人間の心についての便利なマニュアルとして読まないほうがいい。」
これはそのとおりだと思います。
全部を性的なエネルギーで説明していて、私はそこに違和感があるので、参考として読むくらいが丁度良いかなと思います。
P27「夢こそ本人が意識しない、無意識に到達する王道」。
フロイトはこのように考えて、人間が寝ている時に見る夢を研究していきます。
フロイトのこの考えはユングと共通しています。
しかしフロイトが無意識を抑圧された暗いものとして扱ったのに対して、ユングは個人的無意識と集合的無意識(全人類が共通して持っているイメージ)のように無意識をもっと広く考えていて、両者の無意識の考え方には差がありました。
P32「フロイトは医師として多くのヒステリー患者を診ていく中で、患者たちの無意識の奥底にある心的外傷や、抑圧された記憶といったものは、全て性に関するものにつながっているという見解を持つようになった」
人間の行動や文化のありようの全てを性的なエネルギーで説明するフロイトの理論は、医師としての自身の経験から生み出されていったようです。
P34「愛弟子の離反」
1911年、傑出した弟子の一人であり協力者でもあったアドラーとは絶交。
1914年、フロイトが最も愛し「跡継ぎの息子」とまで呼んだユングとは決裂。
これらはフロイトの専制君主的な性格や外部からの批判を受け付けないなどの問題点もあったらしいのですが、フロイトの性に関する理論や無意識についての学説に対して、見解の相違が大きかったのが離反の決定的な要因とのことです。
愛弟子の相次ぐ離反はちょっと可哀相だなとも思いました。
P44「フロイトの無意識論はそれ以前のものと違う」
フロイト以前に認められていた無意識とは、単に「意識されていない心の領域」に過ぎませんでしたが、フロイトの説は「無意識とは抑圧された欲望である」で、かなり踏み込んでいます。
私は「抑圧された欲望」と一つのものに断定するのは違和感があり、フロイトよりもユングの無意識についての考え方のほうが合うなと思います。
P48「フロイトは無意識をさらに厳密に、無意識と前意識に分けて考えていた」
人の名前など、一時的にど忘れしたりして思い出せなくなっていたことでも、後になって何かのきっかけで思い出せるケースがあり、こうした一度は意識からこぼれ落ちて無意識の領域に入っていってしまったものでも、再び意識に浮上してくるものは、前意識の中にあったものだと規定されるとのことです。
そして後になっても思い出せないような場合、つまりそのままの形では意識の中に浮かび上がってこないものが溜まっている場所を、フロイトは無意識の領域と定めました。
さらに無意識の領域にあるものは①日常生活における「間違い」や「失敗」、②夢、③神経症など心の病の、三つのどれかに変化して顕れるとフロイトは考えたとのことです。
これはユング心理学とは違う観点で無意識について考えられていてなかなか興味深かったです。
P51「嫌な感情や満たされない欲望を無意識の領域へしまい込み、心の平安を保ち、日常生活をスムーズに送ろうとする心の働きを、フロイトは「抑圧」と名付けた」
ただし抑圧された感情は隙あらば「抑圧」から解放されて自らを表現しようとしているとのことです。
これはかつて抑圧したものが心的外傷(トラウマ)となり、そのことと関連するような場面に出くわした時に、抑圧を打ち破って嫌な感情が溢れ出してくるということでもあると思います。
P58「心の病を引き起こす原因」
感情の解放が苦手だったり、そのことに罪悪感や不安を持つようなタイプの人は、抑圧された感情が無意識の中に溜まっていく一方になり、そうした場合、どこかでその感情を解放してあげなければ、コップの水が溢れてしまうように、抑圧された感情の行き場がなくなってしまうとのことです。
これはそのとおりだと思います。
嫌なことが続いていく中で感情を解放せずに我慢し続けていれば、やがて限界が来ます。
P70「夢があり得ないストーリーになる理由」
潜在的な欲望がそのまま夢の内容として顕れると刺激的な内容になりおちおち眠っていられなくなるため、睡眠を妨げないように無意識の欲望が直接的な形ではなく、歪曲された仕方で顕れるとのことです。
眠っている間は無意識の中の、普段は意識していない自我がこの作業を行っているとのことです。
つまり本人が眠っている間も眠りを守るために働く心の部分があるということで、夢分析の第一人者だけにこれも興味深い考えでした。
P78「フロイトの夢分析の特質は、夢の事象を無意識の性的欲望と結びつけて解釈する点にある」
このフロイトの解釈は「汎性欲説」と呼ばれ、その独創性が評価される一方、多くの批判も受けてきたとのことです。
ユング心理学の本で夢の分析についての部分を読んでいた時にフロイトの解釈にも言及があり、その解釈に私は違和感を持ちました。
夢に出てくるものを全部性的欲望に結びつけるのはどうかと思います。
P80「夢分析の際のフロイトとユングの違い」
フロイトは患者の発する言葉を重視し、ユングは夢のイメージを重視していて、ここが大きく違うとのことです。
P114「人を動かすエネルギー・リビドー(欲動)」
フロイトは人間の活動源となる心的エネルギーをリビドー(欲動)と名づけ、これは性欲動のエネルギーのことです。
また、フロイトがリビドーについて基本的には諸対象に向かう性的欲動のエネルギーと考えたのに対して、ユングはこれに反発し、リビドーを様々な対象に向かう心的エネルギーとし、性的なものはあくまでその一部であると考えたとのことです。
しかしフロイトはリビドーをあくまで性的エネルギーとする考えを曲げなかったため両者は決裂したとのことです。
この本ではフロイトとユングの対立した部分がいくつも出てきて、二人の考えの違いを今までより詳しく知ることが出来ました。
P122「エロスとタナトス」
初期のフロイトは性欲動と自己保存欲動(自我欲動)が対立する欲動二元論を唱え、性欲動と自我欲動の対立・葛藤といった見地から、人間の心について研究していました。
それが後期になると考えに変化があり、生の欲動(エロス)と死の欲動(タナトス)の二大本能論に基づいて理論を展開していきます。
生の欲動(エロス)は人間が生きようとするための欲動であり、衣食住を求める基本的な生存欲求はもちろん、性の欲動もここに含まれるとのことです。
そしてフロイトは生き物には生の欲動だけでなくもとの無機物に戻ろうとする「死への欲動(タナトス)」も存在していると考えました。
生きる欲動が何らかの理由でせき止められれば死へと向かう力が大きくなるとあり、自殺のことがあるため、フロイトのこの考え方は興味深かったです。
P130「心の構造について」
初期のフロイトは心の構造について、意識、前意識、無意識の三つで考えていました。
それが後期には「自我(心の主体)」、「超自我(良心の声)」、「エス(リビドーの貯蔵庫)」の三つで考えるようになります。
エロスとタナトスと同じく、後期で新たな考え方を導入していました。
フロイトは臨床心理学のそれまでの主流の考え方とは全く違う「精神分析学」を打ち出し、新たな臨床心理学の道を切り開いていった第一人者だけに、初期と後期で理論が変遷していたのが印象的でした。
ユングもアドラーも最初はフロイトが打ち出した新たな臨床心理学に感銘を受けフロイトのもとに集い一緒に研究していたのです。
現在では批判も多いフロイトですが、新たな臨床心理学の道を切り開いた功績は絶大だと思います。
この人が道を切り開いていなければ、後に袂を分かっていったユングもアドラーも、「心理学三大巨頭」と呼ばれるような功績は残せなかったかも知れないのです。
三大巨頭最古の存在として、批判は受けながらもその功績はこれからも色褪せずに残っていくのではと思います。
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