今日は曇り、気温も低いです。
部屋の整理していると、忘れていたいろんなものが
出てきます。。ここにあったのか!、、ですね。
今日は、先日読んだ「海難1890」小松江里子脚本 豊田美加著を
ご紹介します。
映画は、12月5日から、全国ロードショーです。
史実に基づいて作られたノベライズとなります。
日本・トルコ友好125周年記念映画を完全ノベライズした本ですが、
人の気持ち、、やさしさ、をうたった名作ですね。
1890年、親善訪問使節団オスマン帝国の軍艦が,
和歌山県沖で沈没、、沢山の犠牲者が出てしまいましたが、
献身的な地元の救助活動により69名もの命が救われた、、、。
↓沈没したオスマン帝国軍艦「エルトウールル号」、
全長76m、幅15m、排水量2334トン、600馬力の蒸気機関装備。
1890年(明治23年)9月16日、和歌山県串本沖で、台風→座礁で
沈没し、600名以上が海に投げ出された大きな遭難でした。
それから、ずっと、トルコと日本は友好国として今日につながる。
但しその後、今度は逆に日本人が,トルコ国に大変お世話になっていることは、
あまり知られていない。
約100年後の1985年3月イランイラク戦争で、
当時イランにいた100名を超える日本人が戦争のため帰国できない、、
という大変危険な事態が起きた。
各国は、まずは自分の国民を助けるためチャーター機を出した。
驚いたことに、日本政府は、チャーター機は出さなかった!
見かねた友好国トルコは、自分の国民より日本人を優先してトルコ国の
チャーター機を日本人のために使ってくれた。
文句を言うトルコ人は、誰もいなかった。
昔、先人がお世話になった日本人だ、今度は自分たちが
助けよう、、なんという、優しい国民でしょうか?
飛行機に乗れなかったトルコ人は、近いから、、ということで
陸経由で車で帰国した。近いと言っても2日はかかるし非常に
危険地域を通ることになる。
当時の日本政府はなぜ、救援機を用意しなかったのか?
驚いたことには、トルコ機で助けてくれそうなのでチャーター機は
いらなかった、、とあきれるような言い訳している。
なんという認識不足なのでしょうか?
我々国民はこのことをあまり知らなかった、、というか、
知られては困るので、もみ消した、と思われますね。
何はともあれ、トルコの方々の暖かい気持ちに
同じ日本人として、心からお礼申し上げたいです。
同時に、当時の日本外交、、恥ずかしいですねえ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
午後から、小雨の中車で、荷物を取りに湘南台へ出かけました。
注文した商品受け取りです。
祭日にしては、空いてました。小雨で寒いですからね。
今日,明日は曇り、気温も低いですが、小雨なので
乾燥は大丈夫のようです。