社会科学上の不満

政治・経済上の不満のハケ口(左翼出入り禁止)
外交と防衛、歴史と現状についての不満のハケ口。(観念論の方は出入り禁止)

平和主義が大戦を招いた

2013-01-22 00:01:20 | 外交と防衛

 チェンバレンの失敗を教訓として1992年の湾岸戦争は起きた。ブッシュ大統領に英国のサッチャー首相は「我々は同じ過ちを繰り返してはいけない」と電話会談で発言したことは有名な話だ。この「過ち」と言うのを起したのがチェンバレンだ。彼は英国の首相だ。

1937年から40年までチェンバレン(異母弟がオーストリアで戦後ノーベル平和賞受賞)が英国の首相だった。当時スペイン内戦の直後であり、イタリアにはムッソリーニ、ドイツにはヒットラー、ロシアにはスターリンと錚々たる個性的な指導者たちと外交交渉に明け暮れた。

内政面ではユダヤ人問題をヨーロッパ諸国は抱えていた。ユダヤ人を迫害していたのは欧米諸国総てであった。ニューヨークに留学していた知人が、ユダヤ人の内ガチガチな民族主義者(意外と多い)は他の民族など「獣としか思っていない」と言っていた。「東洋人など人と思ってもいない」そうだ。道を聞いても全く無視されるそうだ。彼らは格好を見れば直に解るそうだ。民族衣装を着ているため。この様に選民意識が強い人間が他の国に移住すればトラブルになることは容易に想像できる。

 ナチスドイツがチュエコ・スロバキア(現在分離している)を併合した時もイギリスは「平和が大事」で動かなかった。ライン・ランド(フランスとドイツにある領土問題)に侵攻した時も、それが第二次世界大戦へと発展する。

 火事をボヤで消火できなかった。延焼させてしまったのだ。ヒットラー自身回顧録でラインラントの進攻時「イギリスが介入してこないか不安だった」と書いている。この介入とは勿論軍事介入である。口先の介入はチェンバレンもしていた。日本語で言うところの「極めて遺憾」と。

しかし第二次世界大戦へとこの火事は延焼してしまう。このことをサッチャー元首相は「同じ過ち」と言ったのだ。ヒットラーを気取っていたサダム・フッセインに対して。

歴史の教訓を生かした事例である。「話し合い」だけでは解決しないのが「外交」である。歴史から学ぶと日本人に如何に寝言が蔓延しているか良くわかる。「平和・平和」と念仏を唱えても何の解決もできない。もっとも戦前強力だった日本軍を解体するために、骨抜きにするために、GHQも共産党も利害が一致した。寝言が蔓延した。いい加減目を覚まそうではないか。

 中国の古典管子に「平和主義の蔓延が国を滅ぼす」と言う意味の言葉がある。紀元前660年ごろ活躍した斉の宰相だ。中国にはこんなにすばらしい思想があるが、「現在その思想が残っているのは日本では」と知人の中国人(台湾人)学者が言っていた。共産主義による焚書が横行しているためだ、文化の継承が途切れている。

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