真田幸村の次男の子孫が蔵王の矢附に生きていた!
モモコさん、そこから未来が見えますか?
そこから400年前の歴史が見えますか?
現在の宮城県刈田郡蔵王町矢附の近辺は真田幸村の次男の所領で、次男が伊達政宗の家臣片倉氏に引き取られ、子孫は現代まで生き残ったそうだ。
江戸の徳川幕府が終わり明治になるまで、幸村の子孫であることをひたすら隠していたそうだ。
本来なら家康に遠慮して伊達政宗が引き取るはずがない。幸村の兄が徳川方だったためか、あるいは幕府が見逃したか定かでない。大阪夏の陣が終わり、まだ混乱期だったので、政宗といざこざが起こることを避けて見過ごした可能性もある。
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