東西圧縮回流記

仙台青春風の旅 ブーメランのように 

伊達政宗の金山

2020-04-23 | 仙台・東北
遠刈田温泉には金山の跡がある。政宗の時代の極く短期間で採掘が終了している。その金は慶長金と呼ばれた。

素人の推測だが、政宗が活躍した源泉は金山と大崎平野などの米だろう。政宗は戦国の武将の気概を持っていて、秀吉や家康の隙あらば張り合うつもりもあったようで、経済力を持ち合わせておりイスパニアやローマに支倉常長を使節として派遣した。
 
政治力を支えるのは経済力だ。現在の中国の傍若無人の振舞いはこれまでの経済成長が背後にある。だが聖人君子になれないのだろう。

今回の新型コロナ禍では日本の経済力は大幅に低下する。素早く挽回しないと外力に翻弄される。奮起を望む。








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2 コメント

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Unknown (bene_vale_vobis(good luck to you))
2020-04-23 22:54:34
失礼いたします。
「新着記事一覧」の中に「伊達政宗」といった名前が目に入り訪ねさせていただきました。奈良時代に涌谷の金が奈良の大仏の塗布に使われたといったことは知っていましたが、遠刈田から金が採れたといったお話は初めて耳にしました。
伊達政宗が山形から宮城に移ってきたのは上から(豊臣秀吉?)の命令だったのでしょうか?それとも自分で選んだことだったのでしょうか?
新型コロナウイルスの席巻の件はお医者様や研究者のみなさんに頑張っていただくしかないように思われます。
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Unknown (yano)
2020-04-28 17:16:48
秀吉の命令で国替えで米沢城から岩出山城に移ったのは1591年、さらに徳川家康の許可を経て仙台に移ったのは1601年以降だそうです。遠刈田の金の産出はごく短期間だったようです。
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