個人的評価:■■■□□□
[6段階評価 最高:■■■■■■(めったに出さない)、最悪:■□□□□□(わりとよく出す)]
《怪獣映画大林立期(昭和40~42)へのオマージュとしての「ギララの逆襲」》
昭和40年から昭和42年にかけての3年間、怪獣映画の大林立期があった。この3年間に東宝・大映・松竹・日活・東映があわせて15本の特撮怪獣映画を放っている。その前の3年間の怪獣映画が7本、その後の3年間の怪獣映画が7本と言えば、その量的充実ぶりがお分かりいただけるだろう。
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41年の作品の幾つかは40年に撮影されていたと思うので、40年からを「大林立期」と位置づけている
個人的趣味で怪獣映画一覧を別記事にまとめてみました。興味があればどうぞ→補足資料 昭和50年代までの日本の空想特撮怪獣映画一覧
東宝が昭和29年に「ゴジラ」を発表し以降、昭和30年代に数々の傑作怪獣映画を発表。国内のヒットはもちろん海外でもバカうけし、東宝に巨万の富を落とした。
そして昭和39年からの4年間、東宝はさらに怪獣映画の量産体制を拡大し、ゴジラシリーズを核にして様々な怪獣映画を放つ。
負けじと大映も昭和40年から「ガメラ」シリーズをスタート。大魔神シリーズも昭和41年から開始。
一方テレビの世界でも「ウルトラQ」が昭和41年放映開始。同年カラー放送で「ウルトラマン」。昭和42年に「ウルトラセブン」が放送される。
そんな怪獣バブルにあやかるべく日活は昭和42年に「大巨獣ガッパ」を発表。「ガッパ!ガッパ!ガッパ!」と無駄に熱い主題歌が印象深く、その一方で内容的には怪獣親子の絆が切なくそして微笑ましく描かれしんみりと感動させるという珍品であった。
そして松竹も対抗措置として昭和42年に怪獣映画を発表。それが「宇宙大怪獣ギララ」である。
こうして書くと非常に華やかな昭和40~42年であるが、反面、大量生産の弊害か質的には衰退を始めた期間でもあった。
とにかく金のかかる特撮映画のバブルは長く続かなかったのである。
ゴジラシリーズは昭和39年の「モスラ対ゴジラ」と同年の「三大怪獣 地球最大の決戦」を境目にして、ゴジラは地球を守る正義の怪獣へと変貌を始める。昭和42年の「怪獣島の決戦ゴジラの息子」では、息子を守るため巨大カマキリや巨大クモと戦う良きパパとして活躍するなど、人類の脅威だったころの面影はほとんど見られなくなった。戦いの場所も富士の裾野や南海の無人島ばかりになり、都市破壊シーンがめっきり減ってしまう。
ガメラも傑作だったのは初期三作までで、大映自体の経営危機の影響か、昭和43年の「ガメラ対バイラス」以降の作品は特撮シーンは初期三作の使いまわしになったり、舞台が限定され大都市破壊シーンもなくなるといった具合にゴジラシリーズと同様の衰退を見せる。
東宝の非ゴジラ怪獣映画もシリーズ化はされず、他社の怪獣映画も一発屋で終わり、結局安定した集客力をもつゴジラ、ガメラという人気シリーズだけがなんとか食いつなぐ状態となった。
ちなみに非常によく似た現象が昭和47~49年のテレビ界で起こる。
特撮ヒーロー番組の大林立期である。昭和46年のウルトラマンシリーズ復活(「帰ってきたウルトラマン」)と「仮面ライダー」のスタートでヒーローブームが巻き起こり、昭和47~49年の三年間で40数本のヒーロー番組が作られた。
巨大ヒーローから等身大ヒーローまで実に様々なヒーロー番組が次々と生まれたが、結局は「ウルトラ」と「ライダー」の二本軸に自然淘汰されることになり、その二軸も49年の「レオ」と50年の「ストロンガー」で一旦終結する。
我が青春の昭和50年代末におけるロボットアニメ大林立期にも同じことが言えるかもしれない。
あるジャンルの大林立期は同時にそのジャンルを疲弊させ、質も量も衰退し、無難なものに落ち着かせ保守化させるきっかけとなる時期でもあるのだ。
ともかく、怪獣バブル期に松竹から放たれた「ギララ」は、怪獣ファンの間では語り草となりカルト化する。
カルトといっても「隠れた傑作」だったわけではない。
語り草になるほどの駄作っぷりだったのだ。見てみれば判るが非常にトホホなデキである。
ギララのデザイン自体は後年のウルトラマンタロウあたりの怪獣を彷彿とさせつつも、意外に個性的で愛嬌のある顔立ちでファンも多い。
しかし映画としてはボロクソだった。
予算の無さが如実に出ているように、ギララはほとんど山間部でしか暴れない。話のテンポは悪く、爽快感も感動も興奮も何も与えてはくれない、まさに世紀の大駄作であった。
だがそのあまりの駄作ぶりゆえに、逆に記憶に残る作品となった。(日活の「ガッパ」がいまいち地味なのは、作品的に「良くも悪くもなく、まあまあでそこそこ」だったからである。)
「ゴジラ対メガロ」、「宇宙怪獣ガメラ」と並ぶ怪獣映画三大駄作の一本であるが、これら大駄作は話のネタに事欠かないので逆にファンなら見ておいた方がいい。しかも「ゴジメガ」や「宇宙ガメ」がシリーズの中の一本なだけにレンタル屋でも一応見かけるしコレクター心をくすぐるものがあったりもするが、対して単発の「ギララ」はそうした効果もなく、結果「ギララ」は幻の伝説的駄作となっていった。
ちなみに・・・
私の記憶違いかもしれないので誰か知っている方がいたら教えて欲しいのだが・・・
寅さんがオープニングの夢の中でギララと戦ったことがあったと記憶している。
科学者の寅さんが、怪獣を倒すため手製の武器か伝説の宝物か何かでビーム攻撃を加える。科学者として、科学の犠牲のもと生まれた怪獣を倒すことに苦悩しながら・・・・
この時の怪獣が多分ギララだったと思う。何しろ松竹は他に怪獣作ってないから間違いないと思うが、記憶違いで寅さん用の新作怪獣だったかもしれない(そんな金かけたことしないと思うが)
さて、長い前置きにつづいて「ギララの逆襲」の映評になるが、この作品は「ギララ」へのオマージュというより、40年代初期の怪獣大林立期へのオマージュと捉えるべきかも知れない。
ギララ自体が昭和42年作品である。
「ギララの逆襲」におけるギララ命名シーンは、昭和42年の「ガメラ対ギャオス」のギャオス命名シーンのパロディである。(「ガメラ対ギャオス」での、司令部を我が物顔で歩く子供が「僕がつけたんだ。だって鳴き声がギャオーって聞こえるもん」と喋るシーンのパロディ)
防衛隊参謀役の黒部進と古谷敏の共演は科特隊のハヤタ隊員とウルトラ警備隊のアマギ隊員、っていうかハヤタとウルトラマンのスーツアクターの共演であり、昭和41~42年のウルトラオマージュである。(「ギララの逆襲」での黒部進はわざわざベータカプセル(ウルトラマンの変身アイテム)そっくりのマイクで司令を下している。)
タケ魔人に「大魔神」(昭和41年)を重ねることは容易であろう。
それやこれやで、あの時代の怪獣映画への愛に溢れた場面が多々あり、昔風の着ぐるみとミニチュアと火薬による特撮も味があり、怪獣ファンなら楽しめるシーンが盛りだくさんだ。
-----
《デキの悪いコントでしかない「ギララの逆襲」》
が、しかし、そうした楽しめるシーンがいくつかあるからといって絶賛するわけにはいかない不快感がつきまとっているのも事実。
アベシンゾーや小泉やキム・ジョンイルのモノマネなどよそでやってほしい。俺は「怪獣」が観たかったのだ。
河崎実監督が国際政治風刺映画を撮るのは別にかまわないが、「怪獣」をそれに利用されたことに不快感を覚える。
G8の首脳たちの作戦もタケ魔人も、コントの延長というか、それ以下の寒いギャグばかり。「宇宙大怪獣ギララ」(昭和42年)は駄作だったがふざけて作ってはいなかった。「ギララの逆襲」も本気で作って欲しかった。
G8首脳たちの作戦もイマイチ笑えないし、ギララを倒せそうにもない。
イタリアの「ローマ魂作戦」なんてただの落とし穴。別に古代ローマっぽくもない。
ちなみに昭和37年の「キングコング対ゴジラ」で自衛隊のとったゴジラ埋没作戦は、落とし穴にゴジラを落としさらに毒ガスを注入するというものだった。「ギララの逆襲」のイタリア作戦とドイツ作戦をあわせたものを昭和37年にはもっと流れるようなテンポでみせてくれている。
G8首脳たちの風刺も中学生レベルで笑えない。あれだけ各国首脳をコケにしておきながら、アメリカの環境無頓着ぶりは何も描かない偏り方もどうかと思う。アメリカがC02濃度上昇作戦とかやれば笑えたのに・・・
キム・ジョンイルも映画でコケにしたかっただけで、登場の必然性がない。ほっとけばG8首脳まとめてギララが殺してくれて北朝鮮的にはうれしい事態になったろうに、わざわざギララのいる近辺だけ破壊できる核を撃ってギララ退治しようとするなんて、かえっていい奴に思えてしまう。しかもあれだけ出番多くして無駄に話をかきまわしておきながら、「気がつくと居なくなっていた」などというオチも考えていないデタラメにもほどがある脚本。
せめてもの救いは、タケ魔人復活の踊りの儀式が本気臭漂っていたところだ。加藤夏希らは真剣に踊っているし音楽も伊福部調でけっこう燃える。
・・・などなど色々文句は言ったものの、スタイルはどうあれ駄作には違いない「ギララの逆襲」は、面白さとかデキの良さのレベルという点では伝説的駄作「宇宙大怪獣ギララ」と同等であると言え、ギララ遺伝子を受け継いでいると言えなくもない。かえって「ギララ」が大傑作になって生まれ変わられると、それはそれで微妙だったから、あんなんで良かったのかも知れない。
というわけで次は誰か、「ガッパ」を(真面目に、真剣に)再映画化してください。
********
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自主映画撮ってます。松本自主映画製作工房 スタジオゆんふぁのHP
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《怪獣映画大林立期(昭和40~42)へのオマージュとしての「ギララの逆襲」》
昭和40年から昭和42年にかけての3年間、怪獣映画の大林立期があった。この3年間に東宝・大映・松竹・日活・東映があわせて15本の特撮怪獣映画を放っている。その前の3年間の怪獣映画が7本、その後の3年間の怪獣映画が7本と言えば、その量的充実ぶりがお分かりいただけるだろう。
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41年の作品の幾つかは40年に撮影されていたと思うので、40年からを「大林立期」と位置づけている
個人的趣味で怪獣映画一覧を別記事にまとめてみました。興味があればどうぞ→補足資料 昭和50年代までの日本の空想特撮怪獣映画一覧
東宝が昭和29年に「ゴジラ」を発表し以降、昭和30年代に数々の傑作怪獣映画を発表。国内のヒットはもちろん海外でもバカうけし、東宝に巨万の富を落とした。
そして昭和39年からの4年間、東宝はさらに怪獣映画の量産体制を拡大し、ゴジラシリーズを核にして様々な怪獣映画を放つ。
負けじと大映も昭和40年から「ガメラ」シリーズをスタート。大魔神シリーズも昭和41年から開始。
一方テレビの世界でも「ウルトラQ」が昭和41年放映開始。同年カラー放送で「ウルトラマン」。昭和42年に「ウルトラセブン」が放送される。
そんな怪獣バブルにあやかるべく日活は昭和42年に「大巨獣ガッパ」を発表。「ガッパ!ガッパ!ガッパ!」と無駄に熱い主題歌が印象深く、その一方で内容的には怪獣親子の絆が切なくそして微笑ましく描かれしんみりと感動させるという珍品であった。
そして松竹も対抗措置として昭和42年に怪獣映画を発表。それが「宇宙大怪獣ギララ」である。
こうして書くと非常に華やかな昭和40~42年であるが、反面、大量生産の弊害か質的には衰退を始めた期間でもあった。
とにかく金のかかる特撮映画のバブルは長く続かなかったのである。
ゴジラシリーズは昭和39年の「モスラ対ゴジラ」と同年の「三大怪獣 地球最大の決戦」を境目にして、ゴジラは地球を守る正義の怪獣へと変貌を始める。昭和42年の「怪獣島の決戦ゴジラの息子」では、息子を守るため巨大カマキリや巨大クモと戦う良きパパとして活躍するなど、人類の脅威だったころの面影はほとんど見られなくなった。戦いの場所も富士の裾野や南海の無人島ばかりになり、都市破壊シーンがめっきり減ってしまう。
ガメラも傑作だったのは初期三作までで、大映自体の経営危機の影響か、昭和43年の「ガメラ対バイラス」以降の作品は特撮シーンは初期三作の使いまわしになったり、舞台が限定され大都市破壊シーンもなくなるといった具合にゴジラシリーズと同様の衰退を見せる。
東宝の非ゴジラ怪獣映画もシリーズ化はされず、他社の怪獣映画も一発屋で終わり、結局安定した集客力をもつゴジラ、ガメラという人気シリーズだけがなんとか食いつなぐ状態となった。
ちなみに非常によく似た現象が昭和47~49年のテレビ界で起こる。
特撮ヒーロー番組の大林立期である。昭和46年のウルトラマンシリーズ復活(「帰ってきたウルトラマン」)と「仮面ライダー」のスタートでヒーローブームが巻き起こり、昭和47~49年の三年間で40数本のヒーロー番組が作られた。
巨大ヒーローから等身大ヒーローまで実に様々なヒーロー番組が次々と生まれたが、結局は「ウルトラ」と「ライダー」の二本軸に自然淘汰されることになり、その二軸も49年の「レオ」と50年の「ストロンガー」で一旦終結する。
我が青春の昭和50年代末におけるロボットアニメ大林立期にも同じことが言えるかもしれない。
あるジャンルの大林立期は同時にそのジャンルを疲弊させ、質も量も衰退し、無難なものに落ち着かせ保守化させるきっかけとなる時期でもあるのだ。
ともかく、怪獣バブル期に松竹から放たれた「ギララ」は、怪獣ファンの間では語り草となりカルト化する。
カルトといっても「隠れた傑作」だったわけではない。
語り草になるほどの駄作っぷりだったのだ。見てみれば判るが非常にトホホなデキである。
ギララのデザイン自体は後年のウルトラマンタロウあたりの怪獣を彷彿とさせつつも、意外に個性的で愛嬌のある顔立ちでファンも多い。
しかし映画としてはボロクソだった。
予算の無さが如実に出ているように、ギララはほとんど山間部でしか暴れない。話のテンポは悪く、爽快感も感動も興奮も何も与えてはくれない、まさに世紀の大駄作であった。
だがそのあまりの駄作ぶりゆえに、逆に記憶に残る作品となった。(日活の「ガッパ」がいまいち地味なのは、作品的に「良くも悪くもなく、まあまあでそこそこ」だったからである。)
「ゴジラ対メガロ」、「宇宙怪獣ガメラ」と並ぶ怪獣映画三大駄作の一本であるが、これら大駄作は話のネタに事欠かないので逆にファンなら見ておいた方がいい。しかも「ゴジメガ」や「宇宙ガメ」がシリーズの中の一本なだけにレンタル屋でも一応見かけるしコレクター心をくすぐるものがあったりもするが、対して単発の「ギララ」はそうした効果もなく、結果「ギララ」は幻の伝説的駄作となっていった。
ちなみに・・・
私の記憶違いかもしれないので誰か知っている方がいたら教えて欲しいのだが・・・
寅さんがオープニングの夢の中でギララと戦ったことがあったと記憶している。
科学者の寅さんが、怪獣を倒すため手製の武器か伝説の宝物か何かでビーム攻撃を加える。科学者として、科学の犠牲のもと生まれた怪獣を倒すことに苦悩しながら・・・・
この時の怪獣が多分ギララだったと思う。何しろ松竹は他に怪獣作ってないから間違いないと思うが、記憶違いで寅さん用の新作怪獣だったかもしれない(そんな金かけたことしないと思うが)
さて、長い前置きにつづいて「ギララの逆襲」の映評になるが、この作品は「ギララ」へのオマージュというより、40年代初期の怪獣大林立期へのオマージュと捉えるべきかも知れない。
ギララ自体が昭和42年作品である。
「ギララの逆襲」におけるギララ命名シーンは、昭和42年の「ガメラ対ギャオス」のギャオス命名シーンのパロディである。(「ガメラ対ギャオス」での、司令部を我が物顔で歩く子供が「僕がつけたんだ。だって鳴き声がギャオーって聞こえるもん」と喋るシーンのパロディ)
防衛隊参謀役の黒部進と古谷敏の共演は科特隊のハヤタ隊員とウルトラ警備隊のアマギ隊員、っていうかハヤタとウルトラマンのスーツアクターの共演であり、昭和41~42年のウルトラオマージュである。(「ギララの逆襲」での黒部進はわざわざベータカプセル(ウルトラマンの変身アイテム)そっくりのマイクで司令を下している。)
タケ魔人に「大魔神」(昭和41年)を重ねることは容易であろう。
それやこれやで、あの時代の怪獣映画への愛に溢れた場面が多々あり、昔風の着ぐるみとミニチュアと火薬による特撮も味があり、怪獣ファンなら楽しめるシーンが盛りだくさんだ。
-----
《デキの悪いコントでしかない「ギララの逆襲」》
が、しかし、そうした楽しめるシーンがいくつかあるからといって絶賛するわけにはいかない不快感がつきまとっているのも事実。
アベシンゾーや小泉やキム・ジョンイルのモノマネなどよそでやってほしい。俺は「怪獣」が観たかったのだ。
河崎実監督が国際政治風刺映画を撮るのは別にかまわないが、「怪獣」をそれに利用されたことに不快感を覚える。
G8の首脳たちの作戦もタケ魔人も、コントの延長というか、それ以下の寒いギャグばかり。「宇宙大怪獣ギララ」(昭和42年)は駄作だったがふざけて作ってはいなかった。「ギララの逆襲」も本気で作って欲しかった。
G8首脳たちの作戦もイマイチ笑えないし、ギララを倒せそうにもない。
イタリアの「ローマ魂作戦」なんてただの落とし穴。別に古代ローマっぽくもない。
ちなみに昭和37年の「キングコング対ゴジラ」で自衛隊のとったゴジラ埋没作戦は、落とし穴にゴジラを落としさらに毒ガスを注入するというものだった。「ギララの逆襲」のイタリア作戦とドイツ作戦をあわせたものを昭和37年にはもっと流れるようなテンポでみせてくれている。
G8首脳たちの風刺も中学生レベルで笑えない。あれだけ各国首脳をコケにしておきながら、アメリカの環境無頓着ぶりは何も描かない偏り方もどうかと思う。アメリカがC02濃度上昇作戦とかやれば笑えたのに・・・
キム・ジョンイルも映画でコケにしたかっただけで、登場の必然性がない。ほっとけばG8首脳まとめてギララが殺してくれて北朝鮮的にはうれしい事態になったろうに、わざわざギララのいる近辺だけ破壊できる核を撃ってギララ退治しようとするなんて、かえっていい奴に思えてしまう。しかもあれだけ出番多くして無駄に話をかきまわしておきながら、「気がつくと居なくなっていた」などというオチも考えていないデタラメにもほどがある脚本。
せめてもの救いは、タケ魔人復活の踊りの儀式が本気臭漂っていたところだ。加藤夏希らは真剣に踊っているし音楽も伊福部調でけっこう燃える。
・・・などなど色々文句は言ったものの、スタイルはどうあれ駄作には違いない「ギララの逆襲」は、面白さとかデキの良さのレベルという点では伝説的駄作「宇宙大怪獣ギララ」と同等であると言え、ギララ遺伝子を受け継いでいると言えなくもない。かえって「ギララ」が大傑作になって生まれ変わられると、それはそれで微妙だったから、あんなんで良かったのかも知れない。
というわけで次は誰か、「ガッパ」を(真面目に、真剣に)再映画化してください。
********
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真面目な駄作とふざけた駄作。去年の『大日本人』もこのふざけた部類なんだろうけど、それよりかはマシでした。
寅さんの映画で怪獣が登場するのは『真実一路』・・・名前がわからなかったためか、俺のメモには「怪獣」としか書いてありませんでした(汗)
私は「ガメラ医師のBlog」管理人のガメラ医師と申します。映画ガメラを中心に特撮怪獣映画に関する情報収集Blogを更新しており、こちらの記事にはガメラの検索から参りました。
フーテンの寅さんに登場した怪獣は「ギララ」で間違いございません。ご指摘のとおり、
「オープニングの夢の中で」ございます。
横合いから大変失礼いたしました。それではこれにてご無礼します。
たしかに大日本人よりゃはるかに面白かったです
ギララだし
ミニチュアだし
着ぐるみだし
たるいインタビューとかないし
「真実一路」でしたか
ありがとうございます。
そのメモを観たいです
「ジョーズ」とか、「ジュリーとミュージカル」とかメモってるのでしょうか?
>ガメラ医師さま
はじめまして
やっぱりギララでしたか。
すっきりしました。
ガメラファン的にもギララの逆襲は見所ありです。DVD化されましたらぜひレンタルでギララ命名シーンで笑ってください。
ギララの逆襲、DVD化の暁には必ず購入しようと思っております。^^
拙Blogは、ガメラBlogの情報収集に加えて、随時ギララの逆襲についてもまとめ記事を作成しております。
この度、9月19日の拙Blog更新、
ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発について 2008/09/19
http://blog.goo.ne.jp/gameraishi/e/a66dc639fbcdc3976ff810195c69e0b9
にて、こちらの記事をご紹介させて頂きました。お時間のある時にでも、ご高覧頂ければ幸いです。
長文ご無礼致しました。それではこれにて失礼します。
紹介ありがとうございます。
ギララの逆襲のDVD・・・購入までしなくてもいいかと思います
またよろしくお願いします。
さて、当作品ですが、仰る通り、真面目に撮っていないのがまさにツマラナイ原因ですね。
「ヅラ刑事」は、面白かったのですが、ヅラスラッガーの特訓シーンが、映像はともかく、演出およびモトの演技が、極めて真面目でったからなんだと思います。
ところで、「男たちの挽歌」。「ストリート・オブ・ファイヤー」、「オズの魔法使い」、「雨に唄えば」と並ぶ、My favourite movieです。
そうですね
ネタにつかわれるだけの怪獣が可哀想です。
挽歌とオズの魔法使いを並べるあたりがとってもナイスです。