作曲家武満徹のことを書こうと思ったのですが、私の得意分野で映画音楽の話で。
武満徹は日本を代表する純音楽作家でありますが、同時に映画音楽でも数々の功績を残しております。
映画音楽で有名なのは黒澤明監督の『乱』(1985)ですが、それよりもっと前の60年代〜70年代に武満徹は小林正樹監督と沢山の映画で組んでいます。
ちなみに『乱』の音楽については過去記事のこちらも参照ください↓
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映像作品とクラシック音楽 第10回 黒澤明監督作品・後編〜『乱』『夢』『まあだだだよ』
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『切腹』は小林正樹監督の1962年の作品です。さらに小林正樹監督とは65年に『怪談』、67年に『上意討ち』でも組んでおり、この三作品とにかく日本古来の音にこだわり、琵琶の音が印象深く響き、申し訳程度にオーケストラも奏でられます。
武満徹の純音楽の代表作が「ノベンバーステップス」だと思いますが、それも琵琶と尺八がメインでそれらにうっすら添えるようにオーケストラが薬味程度に奏でられるのです。
何と言いますか「ノベンバーステップス」は小林正樹監督作品のサントラを聴いているような気持ちになります。
「ノベンバーステップス」の世界初演は1967年です。『怪談』と『上意討ち』は「ノベンバーステップス」あるいはその前身とされる「エクリプス(蝕)」と同時並行で作曲された可能性もありますが、『切腹』はそれら純音楽作品よりも早くに作られたものと思います。
またネットで調べる限り、武満徹が邦楽器を初めて本格的に使ったのが『切腹』だったとのこと。
やはり「ノベンバーステップス」への最初のステップにあたるのが『切腹』だったとみて間違いないでしょう
その『切腹』ですが、凄まじく面白い映画でして、きっと初見では物語の面白さと、仲代達矢と三國連太郎、丹羽哲郎らの演技に心打たれて音楽がよくわからないかもしれません。
しかしある程度物語を知ってから音楽中心で鑑賞すると、これがまた要所要所で武満らしさ溢れる凄いものです。メロディラインと言えるようなものは皆無ですが、全体的に悲壮感というより無情感が漂い、仲代達矢の恨み節な喋りと相まって幽霊でも出てきそうな雰囲気をかもします。
なるほど小林正樹が『怪談』でも武満徹の音楽を求めたのもよくわかります。
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『切腹』ストーリー
大坂夏の陣が終わり10数年。徳川譜代の名門井伊家の江戸屋敷を一人の浪人が訪れる。幕府に取り潰された安芸国福島家の元家臣という男は、食うに困ってどうしようもなくいっそ武士らしく切腹したいから玄関先を貸してくれ、願わくば介錯も頼みたい、と言ってくる。
家老はその男に目通りし、実はつい先月にも同じようなことを言ってきた若い侍がいた、とその時のことを語って聞かせる。
切腹させろなど面倒なことを言う輩が多くなり金をやって追い返す家がほとんどだが井伊家はそんな甘いところではない。先月の若侍も望み通りに切腹させた。その男いざ本当に切腹となると一両日待ってくれなどとみっともないことを言い出したが、許さず切腹させた…悪いことは言わんから今のうちに帰れ。
だが浪人は心配ご無用、それがし金目当てなどではない、見事に腹を切るつもりだと言う。仕方なく切腹の準備を整えると、浪人は介錯人として井伊家の有名な剣の達人を指名する。ところが指名された者は病気を理由に出仕していない。それではとさらに2名の井伊家家臣を指名するが、その2名も同様に出仕していないという。
揃いも揃って病気とはどういうことかと言う浪人に、三人の家を調べさせるという家老。浪人は、それではその待ち時間の余興にと言って、自身の身の上話を始める。実は先月この家で腹を切った侍は、この浪人の義理の息子だったという…
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前半は仲代と三國の語り中心で、斬り合いのようなものは何もなく、にも関わらず語り口のあまりの面白さにぐいぐいと物語に引き込まれます。
脚本は、『羅生門』『七人の侍』『白い巨塔』『砂の器』などなど日本映画黄金期を支えていたのは実は監督ではなく一人の脚本家だったのか?と思うくらい多くの監督に名作を提供した橋本忍です。
後半は仲代達矢の復讐劇での斬り合いがあり、特に丹羽哲郎との一対一の斬り合いの迫力は凄まじいです。
そしてクライマックスは怒り爆発の仲代達矢1人対井伊家家臣軍の壮絶な闘いとなるのです。
年老いた浪人を演じた仲代達矢さんですが実はこの時まだ30歳。そういえば黒澤明の『用心棒』が61年だからそのわずか1年後なんですね。この頃の仲代達矢さんのギラギラ感は唯一無二です。
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武満徹に話を戻します。
武満徹の音楽の師匠は、『七人の侍』などで知られる早坂文雄です。
早坂文雄は黒澤作品や溝口健二監督作品で有名ですがご本人は映画音楽よりも純音楽に情熱を注いでいました。晩年になると極端に日本的な音楽にこだわり西洋技法は一切使わない西洋音楽は聴かないとか言い出していたそうです。親友の伊福部昭が何もそこまでとしなくてもと心配するくらい日本音楽至上的な考えに浸っていたらしいです。
しかし病弱だった早坂文雄は1955年にまだ30代の若さで亡くなります。
武満徹も身体が弱く、早坂は弟子を思って映画音楽だけはやっちゃダメだよ体力使うから、などと言っていたそうです。
その師匠の死からわずか7年後に、映画音楽『切腹』で極端に日本的な音を使う武満徹の音楽を聴いて、なにか早坂文雄の面影を感じないでもありません。
映画音楽で実験的に取り入れたであろう邦楽器の魅力に取り憑かれ、その時期の映画音楽に盛んに取り入れるようになり、やがては代表曲「ノベンバーステップス」へと結実しニューヨークでの初演につながるのです。
ノベンバーステップスの3年後、1970年に師匠早坂と縁の深い黒澤明監督の『どですかでん』を手がけます。『乱』では早坂と同じように黒澤とケンカしながら音楽を作ったと言います。
早坂文雄の家で編曲の手伝いをしながら学んでいたという時期を、もちろん見たわけじゃないのですが、そこから始まった一つの物語を感じずにはいれないのです。
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ちなみに小林正樹監督×武満徹のもう一本『上意討ち - 拝領妻始末』も凄まじい傑作なのでついでに簡単にご紹介。
こちらも『切腹』同様、剣の達人が幸いにも剣を振ることなく生きてきましたが色々あって怒り爆発の末大勢ぶった斬る話です。
主演は三船敏郎ですが、物語の最後の最後には仲代達矢との一対一の斬り合いになります。しかもお互いに相手をリスペクトしながらも譲れないものがあり斬り合うというところが超絶かっこいいんですよ!
この作品の脚本も橋本忍で、語り口のうまさと、時代劇の名を借りた社会批判も切れ味するどく、映画としては『切腹』と双璧を成すような傑作ですので、ぜひともセットでご鑑賞頂きたい作品です。
武満徹の音楽は『切腹』とあまり変わらないスタイルですが、『切腹』よりさらに音楽を使わず目立たせず、現実音としての祭囃子太鼓や、あるいは「無音」によって緊張感の醸成を行なっています。最低限の音楽によるシャープなアプローチに映画音楽職人ぶりを感じ、同時に小林正樹監督との信頼関係が伝わってきます。
というところで今回はこんなところで!
また素晴らしい映画とクラシック音楽でお会いしましょう!