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buy a suit スーツを買う [監督:市川準]

2009-04-19 12:00:00 | 映評 2009 日本映画
個人的評価: ■■■■■□
[6段階評価 最高:■■■■■■(めったに出さない)、最悪:■□□□□□(わりとよく出す)]

47分のビデオ撮り自主映画
大ヒットして社会現象化したり、アカデミー賞の候補になったり、ハリウッドで映画化権の争奪戦が起こり最終的にアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップでリメイクが決定するような・・・ことは絶対にない作品。
しかし、とっても愛おしい映画。

そこには敬愛していた市川準監督の遺作だからという特別感情ももちろんあるのだけれど、何よりも映画を撮ろうとする気持ちを奮い立たせ映画を作る力を与えてくれるこの映画の特別な力によるものが大きい。巨匠から自主映画人への心のこもったエールとなるこの映画が、結果として巨匠市川準の遺言となったのだった。

敬愛していた監督の遺作となると、観ながらいろんな感情がわき上がってくる
90年代までに自身のスタイルを完成させその頂きに登った監督は、そこに居座り続ける事なく2000年代になると別の頂を目指して進みだした。
群像劇(ざわざわ下北沢)ベタギャグの会話劇(龍馬の妻とその夫と愛人)実験映画(トニー滝谷)アイドル映画(あしたの私の作りかた)、そして自主映画をとったところでそのフィルモグラフィは静かに幕を落とした。

「buy a suit スーツを買う」はその映画としての外見は、これが本当に巨匠の映画かと思うほど、ド素人感が漂う。
・ビデオ撮りである
・カメラの設定はオートにしているため、ピンも露光も一定しておらず、観にくい
・味のない手ぶれがある
・誰の視点でもないカット割りと構図により、状況が掴みにくい
・音響にたいした機械を使っていなく、雑音が大きくて台詞が聞きづらい
・声の小さい俳優が台詞を喋る時ボリューム全体を大きくするため雑音も大きくなる
・会話中に不要な風景ショットがはさまれる
・会話中の時間経過は同一構図のショットをディゾルブでつないでいて不自然
・俳優は無名の方々で、華がなく、演技もさほど上手くない

自分が学生のころビデオカメラの機能を使いこなせないまま撮っていた映画を思い出させる低予算の素人映画のようである。
もちろん市川準である。機材もスタッフも俳優も一声かければすぐ集まるだろうし、必要なら金だって出せるはずだ。
しかし市川監督は金や人脈はおろか、映画作家としての知識や経験まで封印し、映画なんてどう撮ったらいいかわからなかった時代に回帰した。
結果として遺作となってしまった本作は、市川準の遺言に聞こえ、それは映画を撮ろうと考える全ての人(特にアマチュア)への感動的なエールとなっている。
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映画なんて難しくない
撮りたいという気持ちでカメラを持てば映画はできる
気持ちと個性があればいい
金が才能がなどと言って作る前から諦めないで、まずは撮ってみたらどうだい

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そんなことを言っているように思えた。
それを裏付けるような市川準監督のメッセージが「buy a suit スーツを買う」のパンフレットに掲載されていた。
あまりにいい文章なので、この記事の最後にそのまま引用させていただく。

あらゆるしがらみから解放され、ただの映画小僧に戻ったような市川準の最新作は、とても愛らしい作品となった。
撮りたいと感じた時に撮った映像、観たいと思ったショットをつなげる編集。映画を作りたいという純粋な欲求だけがそこにある。
そのように映画の初心を思い出させてくれる作品であるが、同時に自主映画なりのテクニック教本としての一面も持つ。

引きショット主体で無理に芝居させない前半部は俳優の華のなさをカバーし、自主映画の効果的な演出スタイルを教えてくれる。

そしてやはりシナリオはしっかりと起承転結の輪郭がはっきりしていて、観客は物語を見失わない。意外性と新たな展開で物語を転がし、次の展開への興味をかき立てることを忘れない。
風景と雑踏の音が強調された前半部に対し、後半部は次第に寄り気味のショットへと移行し会話を重視してくる。それは「街」から始まった物語が「個」へと落とし込まれていくようだ。街に埋もれていた人をすくいあげるように。

そしてクライマックスは、友人からの手紙を読んだ3人の登場人物が心を動かされる場面。
その手紙は誰も声に出して読みはしない。しかし、その「間」と何も言わずに次の人へと手紙をまわす仕草から、3人の心に広がった感動が感じ取れてしまう。
いい台詞が書けないから脚本が進まないというアマチュア映画人は多いが、市川準監督は書けないなら書かなくていい、それでもいい映画はできる、と教えてくれる。

ところが、パンフレットを買ってみると、そこには劇中で一言も読まれなかった友人の手紙の全文が掲載されている。
しかもすっごくいい文章で、読んでいて泣けてきた。もし自分ならこれほどの文章を書いたなら、どうだ泣いてみい、と絶対に劇中で読ませるだろうし、そうしても誰もイヤミに感じないくらいの美文なのだ。しかし読まない、使わない。
あらためて市川準監督の天才ぶりを思い知るのだった。

映画を撮ることの面白さを思い出させてくれるこの映画を、味わい深い小品などと呼ばず、僕はあえて「傑作」と呼びたい。
映画撮るぞ!!・・・と、燃えてきた。

市川準監督。本当にありがとうございました。

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[追記1]
この映画をちゃんと予算組んで商業映画として名のある俳優で撮ったとしたら・・・
妄想キャストだと、
 妹=麻生久美子
 兄=香川照之
 兄の元妻=余貴美子
 友人=トータス松本
もちろんそれはそれで傑作となったと思うが、しかしこの作品のような愛らしさは出なかっただろうなあ

[追記2]
(「buy a suit スーツを買う」のパンフレットより引用 市川準監督のメッセージ)
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「映画」という概念自体が、かなり変質しているので、何を指して映画の可能性と呼ぶか、判然としないが、私としては、ひとりの作家の本当の「個性」が焼き込まれているものが「映画」だと思うし、個人の「無秩序」が許される場所が、映画と言う場所だと思っている。
だから、映画を愛する人のすべてが、自分の為にだけ映画を作ることができるし、その「固有」の映画の創造を阻むものがあってはいけないと、基本的に思う。そして結局、作ることと作らないことが、等価である位に、絶対の自由を謳歌している映画だけが、人をうつことができると思うし、そういう「解放区」にだけ、いま「映画」の可能性があるような気がする。
    市川準
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2008年9月に記した「追悼 市川準」
「トニー滝谷」映評
「あしたの私の作りかた」映評
「TOKYOレンダリング詞集」映評

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