彼は、彼は、私のものです。
彼の「目(まなざし)」は、私のものです。
彼の「目(まなざし)」は、私のためだけに向けられるべきです。
だって、そうでしょう?私が、私が、彼を形成(つく)ったんですから・・・。それなのに彼は、私を魅惑したまま完成しようとしている。まるで、自分1人の力で自分が誕生したのだと言いたげに。まるで、邪魔な私の元から去るのだと言いたげに・・・。
私は、彼が私だけを見てくれるなら、私から目を逸らさないでいてくれるなら、彼に抱いていた憎しみを、相殺するつもりでした。・・・少なくとも、そうするだけの理性は持ち合わせていると思っていました。私は、彼が私を、受け入れてくれるなら・・・、一度だけでいい・・・、この、私自身がどうしようもできない疼きを、「目(かれ)」が犯してくれるなら、・・・私は、それだけで良かった。刑事さん、私は、本当に、それだけで満足だったのです。それなのに、・・・彼は、・・・彼は、あの「目(まなざし)」で、気も狂わんばかりになっている私を見下ろして、言いました。
「下衆野郎(げすやろう)。」
彼は、そう言いました。彼?彼じゃあない。龍です。あの龍が、「下衆野郎」って。「下衆野郎」って、「下衆野郎」って、言ったんです!あの龍が「下衆野郎」って!!
あいつは、あいつは知っていたんですよ。龍ですよ。あの龍は、あの目は、ずっと、ずうっと前から知っていたんですよ。あいつは、知ってて、何もかも知ってて、知らないふりをしていたんです。あいつは、笑ったんですよ、「下衆野郎」って。人間の私を、「下衆野郎」って。龍のくせに!龍のくせに!龍のくせに!!龍のくせにあの背中から私を嘲笑って!!「下衆野郎」って!!!
・・・・・すいません、刑事さん。つい、興奮してしまって。・・・あの時、何時間、何十時間、そうしていたのか。・・・ただ、気がついたら、彼が、私の目の前で、うつ伏せに倒れていました。
あの龍は、あの2つの「目(まなざし)」から、止めどなく血を流していました。そして私は、たぶん私が「目(かれ)」を刺したのだろうと、ぼんやりと考えながら、あの視線が、私を狂わせていたあの視線が、もう既に、私に絡み付いていないことに気がつきました。・・・それを、私が喜んだと思いますか?私には、彼の執拗な「目(まなざし)」に狂っていた時以上の激情が、私を支配するのがわかりました。
私には、あの欲情をぶつける相手が、もう、いないのです。あの「目(まなざし)」以外の何ものも、私を狂気へと導くほどの力を、持ち合わせてはいないのです。それがわかった時の空虚感。・・・・・・それが、一瞬のうちに私の中を駆け抜けました。そして、あの「目(まなざし)」と同様、私の「目(まなざし)」も、何かを見つめる役割を終えてしまったのだ、と思いました。
刑事さん、私はあの日、龍(かれ)を刺し、自分の両目を刺したあの時、本当に安らかな気持ちになれたのです。
誰にも邪魔されず〔もちろん龍(かれ)自身にも、です〕、後ろめたい気持ちを抱くことさえなく、もう何も映らなくなった、この目(ひとみ)の暗闇の中に、あの「目(まなざし)」が、あの「目(まなざし)」だけが、私をじっと見つめていてくれるのです。
もう、あの「目(まなざし)」の他には、何の憎しみも、恐怖も、焦りも、嫉妬も無い。
・・・こんな幸福なことが、他にあるでしょうか?
彼?・・・あぁ、彼ですか。彼には悪いことをしました。でも、あの「目(まなざし)」が私の中で永遠になることの素晴らしさに比べたら、彼の死など、ちっぽけなものじゃないですか。
そう、・・・思いませんか?・・・・・・刑事さん。
(おわり)
彼の「目(まなざし)」は、私のものです。
彼の「目(まなざし)」は、私のためだけに向けられるべきです。
だって、そうでしょう?私が、私が、彼を形成(つく)ったんですから・・・。それなのに彼は、私を魅惑したまま完成しようとしている。まるで、自分1人の力で自分が誕生したのだと言いたげに。まるで、邪魔な私の元から去るのだと言いたげに・・・。
私は、彼が私だけを見てくれるなら、私から目を逸らさないでいてくれるなら、彼に抱いていた憎しみを、相殺するつもりでした。・・・少なくとも、そうするだけの理性は持ち合わせていると思っていました。私は、彼が私を、受け入れてくれるなら・・・、一度だけでいい・・・、この、私自身がどうしようもできない疼きを、「目(かれ)」が犯してくれるなら、・・・私は、それだけで良かった。刑事さん、私は、本当に、それだけで満足だったのです。それなのに、・・・彼は、・・・彼は、あの「目(まなざし)」で、気も狂わんばかりになっている私を見下ろして、言いました。
「下衆野郎(げすやろう)。」
彼は、そう言いました。彼?彼じゃあない。龍です。あの龍が、「下衆野郎」って。「下衆野郎」って、「下衆野郎」って、言ったんです!あの龍が「下衆野郎」って!!
あいつは、あいつは知っていたんですよ。龍ですよ。あの龍は、あの目は、ずっと、ずうっと前から知っていたんですよ。あいつは、知ってて、何もかも知ってて、知らないふりをしていたんです。あいつは、笑ったんですよ、「下衆野郎」って。人間の私を、「下衆野郎」って。龍のくせに!龍のくせに!龍のくせに!!龍のくせにあの背中から私を嘲笑って!!「下衆野郎」って!!!
・・・・・すいません、刑事さん。つい、興奮してしまって。・・・あの時、何時間、何十時間、そうしていたのか。・・・ただ、気がついたら、彼が、私の目の前で、うつ伏せに倒れていました。
あの龍は、あの2つの「目(まなざし)」から、止めどなく血を流していました。そして私は、たぶん私が「目(かれ)」を刺したのだろうと、ぼんやりと考えながら、あの視線が、私を狂わせていたあの視線が、もう既に、私に絡み付いていないことに気がつきました。・・・それを、私が喜んだと思いますか?私には、彼の執拗な「目(まなざし)」に狂っていた時以上の激情が、私を支配するのがわかりました。
私には、あの欲情をぶつける相手が、もう、いないのです。あの「目(まなざし)」以外の何ものも、私を狂気へと導くほどの力を、持ち合わせてはいないのです。それがわかった時の空虚感。・・・・・・それが、一瞬のうちに私の中を駆け抜けました。そして、あの「目(まなざし)」と同様、私の「目(まなざし)」も、何かを見つめる役割を終えてしまったのだ、と思いました。
刑事さん、私はあの日、龍(かれ)を刺し、自分の両目を刺したあの時、本当に安らかな気持ちになれたのです。
誰にも邪魔されず〔もちろん龍(かれ)自身にも、です〕、後ろめたい気持ちを抱くことさえなく、もう何も映らなくなった、この目(ひとみ)の暗闇の中に、あの「目(まなざし)」が、あの「目(まなざし)」だけが、私をじっと見つめていてくれるのです。
もう、あの「目(まなざし)」の他には、何の憎しみも、恐怖も、焦りも、嫉妬も無い。
・・・こんな幸福なことが、他にあるでしょうか?
彼?・・・あぁ、彼ですか。彼には悪いことをしました。でも、あの「目(まなざし)」が私の中で永遠になることの素晴らしさに比べたら、彼の死など、ちっぽけなものじゃないですか。
そう、・・・思いませんか?・・・・・・刑事さん。
(おわり)