「仮名手本忠臣蔵」十一段の中で、この「九段目」は最大の難曲といわれています。
しかも「九段目」はことのほか重い。
まず戸無瀬が敷きつめられた雪布の花道の"出”がとてもすぐれている。
本舞台の大石邸に向かって ひたすらに、真直ぐに歩いてゆく。
肚がずっしりと重く,意志の強さが見事に表現されている。
この曲の重圧こそが、戸無瀬という役の性根ではないだろうか。
そのニンにおいて、その品格において、まるで錦絵から出てきたような堂々とした戸無瀬であった。
この花道の出を見ただけで超一級の「義太夫狂言」を見た心地になる。
藤十郎の戸無瀬 は竹本の有名な詞章「鳥類でさえ」 「共にひっそと」
「こう振り上げた手の内か」の三つのキマリに重量感があっていい。
ことに「共にひっそと」は絶品。
二重上手の刀を後方へ回してのキマリも鮮やかである。
感心したのは、奥の物音を聞くという必死の性根がパッと出る。
つまりは"型”だけでなく、そのウラに人間像がつくられているからである。
藤十郎(←画像/左)の戸無瀬が超一級の出来栄え。
義太夫狂言のツボを心得ているから、いいかえれば義太夫の詞のイキが身についているから、セリフ廻しを自在に芝居をはこぶ。
いってみれば、九段目を初めて見る観客にでも戸無瀬と娘小浪とは不義の仲だということがよくわかる。
幸四郎(←画像/右)の加古川本蔵も出色。
ニンのよさでは申し分なく、スケールの大きさ、その口跡のスバラシさではこの人の右に出る人はいないだろう。
菊五郎(←画像/左)の大星由良之助には誰もが思いもしなかっただろう。
初役とはいえさすが菊五郎、領分は心得ていてさっぱりと舞台を締めている。
福助(←画像/中央)の初役小浪も可憐でいい。
この役はとかく "謹んで務めるのが良なり”というヘンな芸談があるらしく、印象の薄い人が多い。
福助は自分の仕どころを十分に心得ての力演。
時蔵(←画像/右)のお石も初役とは思えない上出来。
先輩藤十郎を向うに廻して電光石火の大健闘。
萬屋さんらしい怜悧さ、厳しさが出たのは今までにないお石の味であった。
「忠臣蔵 九段目」は異様な芝居である。
縁談が破断になったからといって、その家で娘を殺して母も死ぬ。
それもよそ様の邸宅の庭先・・・・・で。
また余談だが、この「九段目」の初演のあと、京都でこの芝居に似たような事件がおこった。
婚約破談になった家へ乗り込んだ兄が、花嫁衣裳の妹を刺殺する事件である。
これがまた、のちに小説になり、劇化されたそうだ。
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