その朝、いつもなら閉めきっていた障子を開ける。
はっとする。
昨年、一昨年と莟すら付けなかった侘助の花に出逢う。
こまやかな白い花の群れが、張り出した梢に咲いていた。
おだやかでやさしい花びら。花の色ではなんといっても純白の五弁の花が、いちばんきれいな気品をもっている。
まだ開ききらず釣鐘型のままにとどまっている風情も好ましい。
花弁は手漉きの和紙のような、そして可憐で初々しい。
自然の微妙は、どんなにきびしい季節にも、すぐれた美しさを備えているもの。
奈良の「お水取り」の二月堂に供えられる紙製の『一枚かわり』侘助は、一輪五弁のうちに紅白の花びらがある。
むかし実在した侘助なのだそうです。
「出がけに、庭に咲いていて美しかったものですから・・・・」
霞は何気なく家から持ってきたと告げたが、伊織は白い花びらから、、侘助のある庭を想像した。
茂みの手前に蹲踞(つくばい)があり、奥に燈籠が見える。その陰にでも咲いているのか、それとも竹林から洩れてくる陽射しの先に、静まりかえっていたのか。
いずれにしても、侘助が咲く庭なら、静かな趣きのある庭に違いない。
そこに夫と暮している霞に、伊織は軽い妬みを覚えた。
引用が長くなりましたが、不倫のなかの真実を描いた渡辺淳一さんの小説『ひとひらの雪』からの抜粋です。
この小説に魅せられて「侘助」を購って植えたのが、15年も前のこと。
とすれば『ひとひらの雪』が書かれたのも、ほぼ同じ年になります。
● ついでに紅葉もアップしました ●
今年11月は何かと外出することが多く、ほとんど家にいなかった。
あるじの留守中にも、時季がくれば、鮮烈に燃えあがるように紅葉していました。
紅葉!! それは血の色!!
と言ったのは随筆家の岡部伊都子さん。
ウソ!!
それは三島由紀夫だろ!! と思っていました。
血と三島とは、いつも同一視していましたから。
「その激しい紅が心に近くなったのは、人生の半ばを経て、人の世の不合理や、自己の魔性に、気づいてからのことだ」
岡部伊都子さんの精神的不安定な時代の発言であったことを、のちに知りました。
紅葉前線は北から下りてきます。
紅葉をたずねて・・今も人は動いているようです。
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