竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

絵葉書の消印は流氷の町 大串 章

2020-02-07 | 今日の季語


絵葉書の消印は流氷の町 大串 章

差出人はだれかと思う
受け取った作者は彼の居所をしばらく知らない
文章のほとんどない絵葉書はただ無事を知らせるだけだが

自由を満喫しているよ
しがらみを捨ててほんとうの自分になれたよ
いつまで煩悩に人生苦悶するんだい

流氷の大自然を眺める漂白の知人
うらやましくも思うが私にはできない
差出人と作者の両者が浮かんでくる
(小林たけし)


季語は「流氷(りゅうひょう)」で春。結氷の初期に流氷をみることもあるようだが、豪壮な流氷をみるのはやはり春になってからだ。そんな「流氷の町」から絵葉書が届いた。紋別か網走か、それとも釧路あたりからだろうか。ただそれだけの句だけれど、この句は絵葉書というメディアの特性をよく伝えていて面白い。普通の葉書だと、私たちはあまり消印まで見たりはしないものだが、絵葉書の場合には消印まで読むことが多い。絵葉書はたいてい旅先からの便りだから、印刷されている画面や書かれた文面とは別に、消印が発信人の投函場所を客観的に保証するからである。そしてこの消印のほうが、受け取った側に、より詳細で興味深い情報をもたらすこともある。下世話に言えば、「へえっ、あいつはまたどうして、こんなところにまで出かけたのだろうか」などと、消印一つからいろいろなことが思われるのである。句の絵葉書にしても、絵(写真)や文面には流氷のことは何もなかったのかもしれない。広い北海道のどこからかの発信ということはわかったが、よくよく消印を見ると流氷の名所として知られた町からのものだった。それがわかったとなると、受け取った側では、いろいろと想像をめぐらしたくなってくる。が、作者はそのあたりの心の動きをあえて書かずに、ぽんと放り出している。それがかえって読者にインパクトを与えるのは、やはり俳句様式ならではの表現の面白さと言うべきだろう。『天風』(1999)所収。(清水哲男)


【流氷】 りゅうひょう(リウ・・)
◇「氷流る」 ◇「流氷期」(りゅうひょうき) ◇「海明け」
寒帯地方の海面が結氷して生じた氷が割れ、風または海流によって運ばれ漂流する現象。北海道以北では、春先に見ることができる。

例句 作者

流氷の泣きたる宿の廊下の灯 布川武男
流氷の千島に続く色なき天 古舘曹人
海明けの海の匂ひの男唄 深谷雄大
満天の星流氷の哭けるかな 正岡禾刀
流氷原みづからを裂きかく畳み 岡田貞峰
流氷を見て来し人の酒つよし 能村登四郎
白炎をひいて流氷帰りけり 石原八束
流氷の動かねば雲流れをり 澤田緑生
流氷の離れむとして渚あり 岸田稚魚
流氷に翼もつものきらびやか 勝又星津女