竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎

2020-02-08 | 今日の季語


春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎

万太郎の見上げているのは
まだ凍空の三日月だろうか
おそらく夜半、小用にでも起きたのだろう
煌々とした鋭い三日月
これから満月に向かうところを
「そだてそめ」とは言いえて妙
万太郎の晩年が思われてくるのは詠みすぎだろうか
(小林たけし)

どこをどうひっくり返しても、わたしにはこんな発想は出てこないなと思いながら、掲句を読みました。昔、鳥がいなかったら空のことはもっと分かりにくかっただろうという詩がありました。それを読んだときにもなるほどと、うならされましたが、この句にもかなり驚きました。日々大きくなって行く月の現象を、作者はそのままには放っておきません。これは何かが育てているからその嵩(かさ)を増しているのだと考えたのです。それも、よりにもよって空が育てたとは、なんとも大胆な発想です。「そだてそめ」といっています。まだ寒さの残る春の初めの空に、いったん欠けた月は、ちょうどその折り返し点にいるようです。だれかが手で触れれば、そのままそだちはじめる。「そだてそめ」、サ行の擦り寄ってくるような音がひらがなのまま、わたしたちに静かに入ってきます。多少強引な発想ではありますが、言われてみればなるほど美しく、不自然な感じがしません。句とは、なんと心に染み込むものかと、あらためて思いました。「春浅し」、今夜はこの句を思い出しながら、月を見てしまうんだろうな。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

【春浅し】 はるあさし
◇「浅き春」 ◇「浅春」(せんしゅん)
早春とほぼ同じであるが、春になって間がなく、まだ春らしい気配が十分に感じられないさま。

例句 作者

病牀の匂袋や浅き春 正岡子規
春浅き鮃の上目使ひかな 八島岳洋
春浅き水音めぐる都府楼址 能村登四郎
春浅き水を渡るや鷺一つ 河東碧梧桐
春浅し相見て癒えし同病者 石田波郷
木より木に通へる風の春浅き 臼田亜浪
春浅し一緒にのぞくマンホール 根津芙紗
白き皿に絵の具を溶けば春浅し 夏目漱石
春浅き甕を覗きて天見ゆる 金子 晉