竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

春風や恥より赤きドレスを着て   中烏健二

2020-02-09 | 今日の季語


春風や恥より赤きドレスを着て   中烏健二

はて、どんな色だろう、「恥より赤き」色とは……。などと考えてみても、もちろんわかりっこない。そもそもが「赤恥」というときの「赤」それ自体が色彩ではないからだ。これは、作者のちょっとした思いつきで書かれた句。書いてみたら、作者にはなんだかとんでもなくトンチンカンな色彩が現出してきたようで、面白い味が出たというところか。春風のおおらかな気分ともマッチしている。言葉遊びの句には飽きてしまうものが多いが、少なくとも私のなかでは、この句、けっこう長生きなのである。『愛のフランケンシュタイン』所収。(清水哲男)

作者の前を闊歩する婦人のドレスの真紅
かってこれほど鮮やかな朱色をみたことがあったろうかと目を疑う

さてこの婦人
作者の細君ではないか
でなければ「廃棄より赤い」はなかなか出るまい
(小林たけし)

【春の風】 はるのかぜ
◇「春風」 ◇「春風」
暖かくのどかな春の、東または南から吹く柔らかな風。ときには強風が吹くが、寒くない。とくに春風と言う場合は、駘蕩たるおだやかな風である。

例句 作者

膝抱いてゐる手を春の風が解く 粟津松彩子
泣いてゆく向ふに母や春の風 中村汀女
春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子
春風に暮れてひと冷ゆ大伽藍 原 石鼎
国曳いて来よ春風の真ん中を 榎本好宏
春風や堤長うして家遠し 蕪村
退院の一歩春風まとふなり 朝倉和江
春風を腹いつぱいに河馬沈む 白岩三郎
大原女の荷なくて歩く春の風 星野立子
長男として春風の家にあり 森田 峠

春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎

2020-02-08 | 今日の季語


春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎

万太郎の見上げているのは
まだ凍空の三日月だろうか
おそらく夜半、小用にでも起きたのだろう
煌々とした鋭い三日月
これから満月に向かうところを
「そだてそめ」とは言いえて妙
万太郎の晩年が思われてくるのは詠みすぎだろうか
(小林たけし)

どこをどうひっくり返しても、わたしにはこんな発想は出てこないなと思いながら、掲句を読みました。昔、鳥がいなかったら空のことはもっと分かりにくかっただろうという詩がありました。それを読んだときにもなるほどと、うならされましたが、この句にもかなり驚きました。日々大きくなって行く月の現象を、作者はそのままには放っておきません。これは何かが育てているからその嵩(かさ)を増しているのだと考えたのです。それも、よりにもよって空が育てたとは、なんとも大胆な発想です。「そだてそめ」といっています。まだ寒さの残る春の初めの空に、いったん欠けた月は、ちょうどその折り返し点にいるようです。だれかが手で触れれば、そのままそだちはじめる。「そだてそめ」、サ行の擦り寄ってくるような音がひらがなのまま、わたしたちに静かに入ってきます。多少強引な発想ではありますが、言われてみればなるほど美しく、不自然な感じがしません。句とは、なんと心に染み込むものかと、あらためて思いました。「春浅し」、今夜はこの句を思い出しながら、月を見てしまうんだろうな。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店)所載。(松下育男)

【春浅し】 はるあさし
◇「浅き春」 ◇「浅春」(せんしゅん)
早春とほぼ同じであるが、春になって間がなく、まだ春らしい気配が十分に感じられないさま。

例句 作者

病牀の匂袋や浅き春 正岡子規
春浅き鮃の上目使ひかな 八島岳洋
春浅き水音めぐる都府楼址 能村登四郎
春浅き水を渡るや鷺一つ 河東碧梧桐
春浅し相見て癒えし同病者 石田波郷
木より木に通へる風の春浅き 臼田亜浪
春浅し一緒にのぞくマンホール 根津芙紗
白き皿に絵の具を溶けば春浅し 夏目漱石
春浅き甕を覗きて天見ゆる 金子 晉

絵葉書の消印は流氷の町 大串 章

2020-02-07 | 今日の季語


絵葉書の消印は流氷の町 大串 章

差出人はだれかと思う
受け取った作者は彼の居所をしばらく知らない
文章のほとんどない絵葉書はただ無事を知らせるだけだが

自由を満喫しているよ
しがらみを捨ててほんとうの自分になれたよ
いつまで煩悩に人生苦悶するんだい

流氷の大自然を眺める漂白の知人
うらやましくも思うが私にはできない
差出人と作者の両者が浮かんでくる
(小林たけし)


季語は「流氷(りゅうひょう)」で春。結氷の初期に流氷をみることもあるようだが、豪壮な流氷をみるのはやはり春になってからだ。そんな「流氷の町」から絵葉書が届いた。紋別か網走か、それとも釧路あたりからだろうか。ただそれだけの句だけれど、この句は絵葉書というメディアの特性をよく伝えていて面白い。普通の葉書だと、私たちはあまり消印まで見たりはしないものだが、絵葉書の場合には消印まで読むことが多い。絵葉書はたいてい旅先からの便りだから、印刷されている画面や書かれた文面とは別に、消印が発信人の投函場所を客観的に保証するからである。そしてこの消印のほうが、受け取った側に、より詳細で興味深い情報をもたらすこともある。下世話に言えば、「へえっ、あいつはまたどうして、こんなところにまで出かけたのだろうか」などと、消印一つからいろいろなことが思われるのである。句の絵葉書にしても、絵(写真)や文面には流氷のことは何もなかったのかもしれない。広い北海道のどこからかの発信ということはわかったが、よくよく消印を見ると流氷の名所として知られた町からのものだった。それがわかったとなると、受け取った側では、いろいろと想像をめぐらしたくなってくる。が、作者はそのあたりの心の動きをあえて書かずに、ぽんと放り出している。それがかえって読者にインパクトを与えるのは、やはり俳句様式ならではの表現の面白さと言うべきだろう。『天風』(1999)所収。(清水哲男)


【流氷】 りゅうひょう(リウ・・)
◇「氷流る」 ◇「流氷期」(りゅうひょうき) ◇「海明け」
寒帯地方の海面が結氷して生じた氷が割れ、風または海流によって運ばれ漂流する現象。北海道以北では、春先に見ることができる。

例句 作者

流氷の泣きたる宿の廊下の灯 布川武男
流氷の千島に続く色なき天 古舘曹人
海明けの海の匂ひの男唄 深谷雄大
満天の星流氷の哭けるかな 正岡禾刀
流氷原みづからを裂きかく畳み 岡田貞峰
流氷を見て来し人の酒つよし 能村登四郎
白炎をひいて流氷帰りけり 石原八束
流氷の動かねば雲流れをり 澤田緑生
流氷の離れむとして渚あり 岸田稚魚
流氷に翼もつものきらびやか 勝又星津女

はっきりと貌に言い分鼻曲り たけし

2020-02-06 | 入選句


はっきりと貌に言い分鼻曲り たけし



朝日新聞 栃木俳壇

石倉夏生先生の選をいただきました



原句は

言い分の貌に出ている歳暮鮭 でした

もう3年も前の作でしたが

言い分の貌にでている

の措辞が捨てきれないでいたところ

鼻曲り を得てこの句の完成となりました



めったにないことですが諦めの悪さのご褒美と受け取りました

われら一夜大いに飲めば寒明けぬ  石田波郷

2020-02-04 | 今日の季語


われら一夜大いに飲めば寒明けぬ  石田波郷


波郷にもこんな句があったとは驚きだ
病魔に苛まれた悲劇の俳人との影がつきまとうが
本当の彼はこうしたところに存するべきだったのだと思わざるを得ない
大いに飲む この措辞に大いに飲めない彼が悲しい
彼の寒明けは遠かった
(小林たけし)

森繁久弥の歌で知られる「知床旅情」の一節を思い出した。「……飲んで騒いで丘に登れば はるか国後の白夜が明ける」。いずれも青春の一コマで、懐かしくも甘酸っぱい香りを放っている。詩人の永瀬清子に、ずばり『すぎ去ればすべてなつかしい日々』という本があるように、郷愁は文芸の大きな素材の一つとなってきた。「子供にも郷愁はあるのです」と言ったのは、辻征夫だ。ところで揚句の「飲めば」とは、俳句でよく使われる日本語だが、どういう意味(用法)なのだろうか。いつも引っ掛かる。みんなで大いに飲んだ「ので」、さしもの寒も明けたのか。そんな馬鹿なことはない。飲んだことと寒が明けたこととは、まるで関係がないのである。「飲めば死ぬ、飲まなくても死ぬ」とは、どこの国の言い習わしだったか。少なくとも、こうした用法ではない。「飲めば」は、原因や条件を述べているわけではない。かといって「待てば海路の日和あり」のように、飲んでいる「うちに」と時間の経過を表現した用法と解釈すると、ひどくつまらない句になってしまう。アタボウである。日常的には、とうてい通用しない言葉遣いだと言うしかない。が、面白いことには、誰もが句の言わんとしていることは了解できる。不思議なことに、よくわかるのである。文法は嫌いなので本の持ち合わせもないが、当該項目の説明だけは読んでみたい気がする。私なりの説明がないこともないのだが、まだ自信が持てないので伏せておく。寒明けをことほぐあまりに、不勉強ぶりをさらしてしまった。立春不吉(苦笑)。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)

【寒明】 かんあけ
◇「寒明ける」 ◇「寒の明け」
寒があけて立春になること。大体2月の4、5日頃に当たる。寒が明けても寒さはまだ続くが、耐えてきた寒さへの思いを深く込めた言葉である。

例句 作者

寒明や雨が濡らせる小松原 安住 敦
川波の手がひらひらと寒明くる 飯田蛇笏
きささげの莢は空つぽ寒明くる 布施れい子
寒明けや横に坐りて妻の膝 草間時彦
われら一夜大いに飲めば寒明けぬ 石田波郷
寒明けの波止場に磨く旅の靴 沢木欣一


春浅し心の添はぬ手足かな 多田まさ子

2020-02-02 | 今日の季語

春浅し心の添はぬ手足かな 多田まさ子

立春といっても時折日差しの温盛に気付くぐらいで
春だという実感はほとんどない
しかしながら報道や世情は春の到来を鼓舞してはばからない
気持ちはそれに呼応するのだが
手足はそれを納得していない
心のまぬとはよきぞ言いえたと感嘆した
(小林たけし)

なにが嫌、というわけでもなく、どこか具合が悪い、というわけでもなく、今日も朝から忙しく働いて1日が過ぎる。これ以上青くはなれない二月の空、ひとあし先に春めいてきた日差しとまだまだ冷たい風。そんな季節の狭間の戸惑いに、内なる戸惑いが揺り動かされ、静かに作者の中に広がる。春の華やぎの中で感じる春愁より、季節も心持ちも茫洋としてつかみどころがない。でも風が冷たい分、その心情はすこし寂しさが強いように思う。ともかく、しなければならないことが山積みでゆっくり考えているヒマがないことが良いのか悪いのか。ただ、こうして動いている手足は自分のもので、これからはだんだん暖かくなっていくのだ、ということは確かなのである。『心の雫』(2009)所収。(今井肖子)

【春浅し】 はるあさし
◇「浅き春」 ◇「浅春」(せんしゅん)

早春とほぼ同じであるが、春になって間がなく、まだ春らしい気配が十分に感じられないさま。

例句 作者
春浅き水を渡るや鷺一つ 河東碧梧桐
春浅き海へおとすや風呂の水 飴山 實
病牀の匂袋や浅き春 正岡子規
春浅し若狭かれひの透ける身も 原田青児
春浅し相見て癒えし同病者 石田波郷
春浅く火酒したたらす紅葉かな 杉田久女
白き皿に絵の具を溶けば春浅し 夏目漱石
春浅き水音めぐる都府楼址 能村登四郎
春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎
春浅し一緒にのぞくマンホール 根津芙紗