拒絶の歴史(126)
会社での送別会も終え、ぼくは宙ぶらりんのような状態になる。やるべき仕事にはもう手を出すこともできず、新しい仕事はこの地にはなかった。外回りをして挨拶もしたが、それにも限度があった。知り合いを探し、彼らと勤務中にも関わらず喫茶店でコーヒーを飲みながら話し、さまざまな噂話を聞いた。
「そういえば・・・」という感じで友人は切り出した。「雪代さんと島本さんは、どうも縒りを戻したみたいだよ」
「そうなんだ」ぼくは平然とした顔を装ったが、それは無理だったかもしれない。「なんで、知っているの?」
「だって、いっしょに歩いているところを何人かが見ているみたいだから、そういうことなんだろう」
「ふん、そうか」ぼくは、急に世界がつまらない場所であると感じ、疎外されているとも感じていた。
それからも、話は続いたが身が入ったものとはならず、ぼくは見てもいない映像を必死に探し、追った。それは、難しいものではなかった。ぼくは、高校の数年間、彼らの親しそうな映像を何度も見ていたのだ。それを数年スライドさせれば、いまのような状態になるべきだった。彼らは一体どのような会話をし、雪代はぼくといるより楽しいのか、安心させてもらえるのかと考えていた。もし、そうならば彼女にとって幸福なことになる以上、仕方のないことかもしれなかったが、そう平易に自分の気持ちを納得させることなどできなかった。
会社に戻り、社長に、「もう少し身を入れて、後輩の心配をしてやれよ」と軽く叱責された。普段、彼の言葉を素直に聞き入れていた自分だったが、今日は虫の居所が悪いせいか、「充分、教えているつもりですよ」と返答してしまった。彼は、すこし驚いたが、それ以上なにも言わなかった。彼は、ぼくのことを高校時代から知っており、運動部の常として、目上のひとに刃向かう自分など知らなかったはずだ。ひとは、ときに余計な振る舞いをしてしまうものだ。
その言葉が間違いではないことを立証するため、ぼくは誰彼構わず、熱心に指導した。それはいくらか空回りしながらも、ほんのすこしだけは助けになっていたのだろう。その様子をみて、何人かは相談しにきた。自分のことは自分で片付ける風潮が最近はあったが、それがなくなると後輩たちも仕事がやりやすそうな雰囲気を見せた。ぼくが、ここに残っている限りは、こうした役目を引き受けようと考え出した瞬間だった。
ぼくが仕事を引き継ぐ女性が外回りに行くので、ぼくもそれに同行することにした。彼女が車を出し、ぼくは横に座り、ネクタイの結び目などを確認した。
「東京での生活、心配じゃないですか?」
「まあ、いくらかそういう思いはあるけど、仕様がないことだし」
「わたしだったら断るかも」
「ぼくだって、ここでずっと生活するはずだったんだよ、気持ちのなかではね」ぼくは、その生活に雪代がいることを望んでいた。
「着きましたね」
「ぼくは、なにもしないからね。頑張って」彼女は、少しにらんだような目をして、ぼくを見た。
ぼくは、どこにいても、誰といても、雪代が別の男性と歩いたり、話したりしている映像が消えなかった。そのときも、まだその衝撃が強く、こころはどこかに飛んで行ってしまっているようであり、その場に馴染めなかったが、さすがに彼女がお客様の前でうろたえている状態を察し、手助けをした。ラグビー部の本能のようなものが、いつもぼくをそういう行動にとらせた。
「ありがとうございました」と、車に戻り、彼女は言った。
「いや、ぼくもどれだけミスしたか教えてあげたいところだよ」そして、今現在、どうやっても戻すことのできないミスを継続中であることは当然のところ伏せていた。
次の場所に移動する前に時間があったので、コーヒーをふたりで飲んだ。
「そうだ、仕事の引継ぎなんかで残業させたお詫びとして、ご飯でも今度おごるよ」彼女は断ると思っていたが、直ぐにスケジュール帳を取り出し、あれこれと予定を調整していた。
「この日なら、大丈夫そうです。あと、ひとりでは行けないような映画があるので、付き合ってくれません?」
「まあ、いいけど。即決型なんだね」
「あの社長が、いつも口を酸っぱくして言ってるから」
その日も終わり、職場に戻った。机の整理をしていると、どこからか社長が近寄ってきた。大体、こういうときは飲みの誘いなのだ。
「ちょっと、行かないか? いつものところへ」
「あそこですよね?」
「なんか、あったのか?」
「いえ、そういう訳じゃないですけど、行きましょうか」
店に着き、ぼくらはいつものような流れで、飲み物を頼み、料理を注文した。社長は自論をまた展開し、すこしだけぼくの心配をし、東京に行かせることを詫びて、ペースをあげて飲んだ。その間もそこの女性はぼくに対して冷静な対応をしていた。女性のこういう何事もなかったような態度を見るたびに、ぼくはいくらか動揺し、すこしだけなぜか傷ついた。
会社での送別会も終え、ぼくは宙ぶらりんのような状態になる。やるべき仕事にはもう手を出すこともできず、新しい仕事はこの地にはなかった。外回りをして挨拶もしたが、それにも限度があった。知り合いを探し、彼らと勤務中にも関わらず喫茶店でコーヒーを飲みながら話し、さまざまな噂話を聞いた。
「そういえば・・・」という感じで友人は切り出した。「雪代さんと島本さんは、どうも縒りを戻したみたいだよ」
「そうなんだ」ぼくは平然とした顔を装ったが、それは無理だったかもしれない。「なんで、知っているの?」
「だって、いっしょに歩いているところを何人かが見ているみたいだから、そういうことなんだろう」
「ふん、そうか」ぼくは、急に世界がつまらない場所であると感じ、疎外されているとも感じていた。
それからも、話は続いたが身が入ったものとはならず、ぼくは見てもいない映像を必死に探し、追った。それは、難しいものではなかった。ぼくは、高校の数年間、彼らの親しそうな映像を何度も見ていたのだ。それを数年スライドさせれば、いまのような状態になるべきだった。彼らは一体どのような会話をし、雪代はぼくといるより楽しいのか、安心させてもらえるのかと考えていた。もし、そうならば彼女にとって幸福なことになる以上、仕方のないことかもしれなかったが、そう平易に自分の気持ちを納得させることなどできなかった。
会社に戻り、社長に、「もう少し身を入れて、後輩の心配をしてやれよ」と軽く叱責された。普段、彼の言葉を素直に聞き入れていた自分だったが、今日は虫の居所が悪いせいか、「充分、教えているつもりですよ」と返答してしまった。彼は、すこし驚いたが、それ以上なにも言わなかった。彼は、ぼくのことを高校時代から知っており、運動部の常として、目上のひとに刃向かう自分など知らなかったはずだ。ひとは、ときに余計な振る舞いをしてしまうものだ。
その言葉が間違いではないことを立証するため、ぼくは誰彼構わず、熱心に指導した。それはいくらか空回りしながらも、ほんのすこしだけは助けになっていたのだろう。その様子をみて、何人かは相談しにきた。自分のことは自分で片付ける風潮が最近はあったが、それがなくなると後輩たちも仕事がやりやすそうな雰囲気を見せた。ぼくが、ここに残っている限りは、こうした役目を引き受けようと考え出した瞬間だった。
ぼくが仕事を引き継ぐ女性が外回りに行くので、ぼくもそれに同行することにした。彼女が車を出し、ぼくは横に座り、ネクタイの結び目などを確認した。
「東京での生活、心配じゃないですか?」
「まあ、いくらかそういう思いはあるけど、仕様がないことだし」
「わたしだったら断るかも」
「ぼくだって、ここでずっと生活するはずだったんだよ、気持ちのなかではね」ぼくは、その生活に雪代がいることを望んでいた。
「着きましたね」
「ぼくは、なにもしないからね。頑張って」彼女は、少しにらんだような目をして、ぼくを見た。
ぼくは、どこにいても、誰といても、雪代が別の男性と歩いたり、話したりしている映像が消えなかった。そのときも、まだその衝撃が強く、こころはどこかに飛んで行ってしまっているようであり、その場に馴染めなかったが、さすがに彼女がお客様の前でうろたえている状態を察し、手助けをした。ラグビー部の本能のようなものが、いつもぼくをそういう行動にとらせた。
「ありがとうございました」と、車に戻り、彼女は言った。
「いや、ぼくもどれだけミスしたか教えてあげたいところだよ」そして、今現在、どうやっても戻すことのできないミスを継続中であることは当然のところ伏せていた。
次の場所に移動する前に時間があったので、コーヒーをふたりで飲んだ。
「そうだ、仕事の引継ぎなんかで残業させたお詫びとして、ご飯でも今度おごるよ」彼女は断ると思っていたが、直ぐにスケジュール帳を取り出し、あれこれと予定を調整していた。
「この日なら、大丈夫そうです。あと、ひとりでは行けないような映画があるので、付き合ってくれません?」
「まあ、いいけど。即決型なんだね」
「あの社長が、いつも口を酸っぱくして言ってるから」
その日も終わり、職場に戻った。机の整理をしていると、どこからか社長が近寄ってきた。大体、こういうときは飲みの誘いなのだ。
「ちょっと、行かないか? いつものところへ」
「あそこですよね?」
「なんか、あったのか?」
「いえ、そういう訳じゃないですけど、行きましょうか」
店に着き、ぼくらはいつものような流れで、飲み物を頼み、料理を注文した。社長は自論をまた展開し、すこしだけぼくの心配をし、東京に行かせることを詫びて、ペースをあげて飲んだ。その間もそこの女性はぼくに対して冷静な対応をしていた。女性のこういう何事もなかったような態度を見るたびに、ぼくはいくらか動揺し、すこしだけなぜか傷ついた。