仮の包装(5)
ぐっすり眠ったあと、朝食を食べている。典型的な日本の朝。卵とアジの開きがある。あの猫ほどにも信仰心のない自分はすぐに味噌汁のお椀に箸を突っ込んだ。磯の香りがする。
「お味噌汁、おかわりします?」
掃除をする格好になった女性が通りかかりながら声をかけた。
「あるんですか? あれば、ぜひ」
あたたかい味噌汁ほど良いものはないと考えている。外を見ると修理が必要な物干し台が見えた。ぼくは声をかけてトンカチと釘を借りた。
「男手があると助かるわね」
ぼくは直したものを誇らしげに眺めた。
「なにか、仕事があればしたいんですけど」
「ここで?」
「こことか、近くとか」ぼくは部屋のなかの三種類の履歴書を思い浮かべた。「身元を保証する免許と、履歴書ぐらいは直ぐに用意できるんですけど…」
「家は?」
「友だちのところに居候していたんですけど、そろそろ、独立しないといけないなと思って」
「仕事とか、学校は?」
「美術の大学を中退しました」四つ目の履歴書を創作しなければいけない。
「じゃあ、看板とかも描ける?」
「得意です。棟方志功並みにはいかないと思いますけど」口は災いのもとであった。ぼくは数時間、ペンキと格闘する。その代償として民宿の名前と横の模様がきれいになった。それから、昼ごはんを食べる。それも済むと今夜、泊まる客のための部屋を掃除して、漁師のところにいっしょに魚をもらいに行った。つけというもので買うらしく、清算は後日らしい。ぼくは電話をするタイミングを失う。庭でゴミを焼きながら三通の履歴書をこっそりと同時に燃やして、最終版の一つだけを残すが提出を求められることもなかった。しかし、客ではなくなった自分用の夕飯が済むと、その空いたテーブルに置いた。
部屋も変わった。奥には仏壇があり、そこには女性が使うタンスや年季の入った鏡台があった。さらに奥にはトイレともう一つの部屋がある。畳はいささか古びていた。カビのにおいも多少する。それでも、小さいながらもそこはぼくの自由な場所となる。ぼくは目覚まし時計を手渡される。そのセットされた時間に起きればいいのだろう。ぼくは誰なのだろう? 週末、ちょっと飲み過ぎただけの無頓着な若者だったはずだが。
疲れた身体は煩悶を許さない。すこし女性っぽいにおいのするシーツの上に寝転がり、今日のお客の嬌態の声を上の階から流れるままに聞く。責任もなく、個性もなく、主張もないオレ。目を覚ますと、歯ブラシとタオルと古い型のひげそりが置かれていた。
「亡くなった主人ので、ごめんね」
彼女は昨日より化粧が目立った。アメリカの南部を題材にした小説のようだと考えながらも、ひとつも証拠となる本を思い出せずにいた。
ぐっすり眠ったあと、朝食を食べている。典型的な日本の朝。卵とアジの開きがある。あの猫ほどにも信仰心のない自分はすぐに味噌汁のお椀に箸を突っ込んだ。磯の香りがする。
「お味噌汁、おかわりします?」
掃除をする格好になった女性が通りかかりながら声をかけた。
「あるんですか? あれば、ぜひ」
あたたかい味噌汁ほど良いものはないと考えている。外を見ると修理が必要な物干し台が見えた。ぼくは声をかけてトンカチと釘を借りた。
「男手があると助かるわね」
ぼくは直したものを誇らしげに眺めた。
「なにか、仕事があればしたいんですけど」
「ここで?」
「こことか、近くとか」ぼくは部屋のなかの三種類の履歴書を思い浮かべた。「身元を保証する免許と、履歴書ぐらいは直ぐに用意できるんですけど…」
「家は?」
「友だちのところに居候していたんですけど、そろそろ、独立しないといけないなと思って」
「仕事とか、学校は?」
「美術の大学を中退しました」四つ目の履歴書を創作しなければいけない。
「じゃあ、看板とかも描ける?」
「得意です。棟方志功並みにはいかないと思いますけど」口は災いのもとであった。ぼくは数時間、ペンキと格闘する。その代償として民宿の名前と横の模様がきれいになった。それから、昼ごはんを食べる。それも済むと今夜、泊まる客のための部屋を掃除して、漁師のところにいっしょに魚をもらいに行った。つけというもので買うらしく、清算は後日らしい。ぼくは電話をするタイミングを失う。庭でゴミを焼きながら三通の履歴書をこっそりと同時に燃やして、最終版の一つだけを残すが提出を求められることもなかった。しかし、客ではなくなった自分用の夕飯が済むと、その空いたテーブルに置いた。
部屋も変わった。奥には仏壇があり、そこには女性が使うタンスや年季の入った鏡台があった。さらに奥にはトイレともう一つの部屋がある。畳はいささか古びていた。カビのにおいも多少する。それでも、小さいながらもそこはぼくの自由な場所となる。ぼくは目覚まし時計を手渡される。そのセットされた時間に起きればいいのだろう。ぼくは誰なのだろう? 週末、ちょっと飲み過ぎただけの無頓着な若者だったはずだが。
疲れた身体は煩悶を許さない。すこし女性っぽいにおいのするシーツの上に寝転がり、今日のお客の嬌態の声を上の階から流れるままに聞く。責任もなく、個性もなく、主張もないオレ。目を覚ますと、歯ブラシとタオルと古い型のひげそりが置かれていた。
「亡くなった主人ので、ごめんね」
彼女は昨日より化粧が目立った。アメリカの南部を題材にした小説のようだと考えながらも、ひとつも証拠となる本を思い出せずにいた。